第18話 彼と彼女のブレックファースト

 朝の活気に包まれた士官食堂で、黄金色に輝くまるいパンケーキが3枚、皿の上に乗せられて、彼女に手渡された。


 ラディウは「ありがとう」と笑顔でそれを受け取りトレイに乗せると、隣のコーナーから、これまた焼きたてのフレンチトーストを受け取る。


 そして列を離れ、アイスクリームのケースからバニラアイスを取り出し、ドリンクバーで野菜ジュース、スパイススタンドでメープルシロップのディスペンサーを持ってから席についた。


 もちろん。ミルクたっぷりのカフェオレも忘れない。


 熱々のパンケーキにアイスクリームをドンと乗せ、メープルシロップをたっぷりかける。


 パンケーキの熱でアイスクリームが溶け、メープルシロップと混ざり合い、甘い香りが、彼女の鼻腔をくすぐる。


 ルゥリシアがよく読んでいる雑誌のパンケーキ特集で知って、最も実現可能そうと思い、チャンスがあれば一度やってみたかった事が今、目の前に!


「いただきます」


 満面の笑みでカトラリーを手にして、パンケーキにナイフを入れた。


 切れ目にトロリと溶けたバニラアイスと、メープルシロップが流れ込む。


 その魅惑の液体にパンケーキを絡め、アイスを添えて口に運ぶ。


 冷たい甘いと、温かい甘いが融合して……


「おいしぃ……」


 想像していた通りの味だ。彼女はうっとりと口の中の幸せを堪能し、咀嚼する。


 明日の朝食もこれでいい。何なら毎日ここでの勤務が終わるまでこれでいい。その場合、明日もパンケーキはメニューにあるだろうか? 余裕がなくて朝のメニューに何があるかなんて、今まで気にしていなかった。今日の昼から気にしてチェックしよう。


 ラディウはビュッフェスタイルが大好きだ。何しろ好きなものをだけを選んで食べることができる。


 半分ほど食べ進めると、次にメープルシロップをかけたフレンチトーストをカットする。


 卵色のそれはしっとりフワッフワ。そこにパンケーキのアイスクリームを少し乗せ、口に入れようとしたその時――


「おはよう、ラディウ」


 背後に立つ人の気配と声に、ラディウは恐る恐る振り返った。


 そこにはトレイを手に、ラボから派遣されている医官、スーザン・ポートマンが笑顔で立っている。


「お……おはようございます。Dr.ポートマン」


 挨拶をしながら、一旦フォークを下げる。


 ぽたんと、メープルシロップがトレイの上に落ちた。


「ねぇ? それ、朝ごはんなの? 私にはおやつに見えるのだけど?」


 ポートマンは笑顔でそういうが、目は全く笑ってない。ラディウは気まずさで目を逸らす。


「つい先日も注意したわよね? バランスよく食べなさいって」


 そう言って彼女はラディウの向かい側に座った。


「バランスは考えました。パンケーキは炭水化物、アイスクリームは乳製品……フレンチトーストは炭水……卵吸っているからタンパク質で、あと野菜ジュース」


 フレンチトーストに関しては無理なこじつけだが、指を刺して説明するラディウに、ポートマンはやれやれと呆れたように首を振った。


「屁理屈を言わないの。それに野菜ジュースは野菜に入らないわよ。せめてサラダを取ってきなさい。ポテトやマカロニじゃない、葉っぱのサラダよ」


 この魅惑のメニューに、サラダを入れたら甘い夢が台無しじゃないかとラディウは思ったが、それを口にするのは危険な行為だ。朝からお説教タイムなんて幸先が悪すぎる。


 それより、なんでキレイな格好しているのに、ポートマンがダーティーシャツにいるのかと、ラディウも同じ服装なのを棚に上げて、心の中で悪態をつく。


「ブュッフェスタイルは、偏食するから気をつけなさいって、いつも言っているでしょう?」


 そう言う彼女のトレイは、わざわざ人に注意をするだけあって、キチンとバランスよく、お手本のように料理が盛られていた。


「成長期だしパイロットなのだから、量も質もきちんと考えなくてはダメよ。やり方がわからないのなら、栄養指導の予約をいれるし、何ならここにいる間は毎食、私が見るわよ?」


 医官、ましてやウィオラの次に怖いポートマンに監督されながらの食事なんて嫌すぎると、彼女は笑顔を引き攣らせながら丁重に固辞する。


「いえ、大丈夫です。ちゃんとできます。やります……」


 それより、早くしないとアイスクリームが溶けてしまう。


 半分涙目になりながら、ラディウはガタンと席を立った。






 ラディウがサラダを手に取り、急いでテーブルに戻る途中、「ラボの飯より艦の飯ってねぇ〜」と、そう楽しそうに呟きながら、ソーセージパティとハッシュポテトにスクランブルエッグをたっぷり盛りつけて、空いている席を探すスコットに会った。


「おはようございます、中尉。席空いてるので一緒にどうです?」

「お、いいね。ありがとう」


 ラディウはスコットを自分のテーブルに案内し、彼はポートマンの横に「失礼」と言って座った。


「おはよう、スコット……なの?」


 びくりとスコットが背筋を正し、そっと隣を伺うと、ポートマンが呆れた顔で彼を見ていた。


 ラディウは素知らぬ顔でレタスにフォークを突き刺してる。


 あいつ、知ってて巻き込んだな? と、スコットも心の中で悪態をつくが、相手が悪すぎる。抵抗は無意味だ。


「おはようございます。えっと……サラダ、取ってきます」


 スコットはジロリとラディウをひとに睨みすると立ち上がり、サラダを取りに行った。


 その日の午後、自主練と称したメテルキシィのシミュレーターで、ラディウは仕返しとばかりに、本気のスコットにボコボコにされたのはいうまでもない。

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