第19話 彼女も彼らと勉強会

「今日、いつもの会議室で勉強会やるの。顔出してよ」


 ラディウはジェニファーに誘われて、まだ継続して行われていた「少尉勉強会」に顔を出すと、そこにはヴァロージャとトムが皆と混ざって座っていた。


「よう」と手を挙げるヴァロージャに、トムは「やっと来た」と手を振って笑う。


 今日は訓練休日ということもあり、集まっている人数も多い。


 ラディウは室内を見廻して、かつての同僚たちの顔を見た。


 見知った顔もいたし、知らない者もいる。紹介したりされたりをして、適当に空いている椅子に座った。


「まさか8月の事件を再現させられるとは思わなかったわ」


 そうルゥリシアに言われて、ラディウは苦笑する。


「そっちの4機に追われるのは、すっごくえげつなかったぞ」


 赤毛のアラン・ジー少尉が、ラディウにコーヒーのカップを手渡しながら言う。


「単刀直入に聞く。お前らの弱点を教えろ。あるんだろう?」


 ステファンが手にした模型をラディウに向けて尋ねた。


 ラディウは「そんな事かぁ」と呟いて頷くと、受け取ったコーヒーカップを机の上に置いた。


「2機に連携されるのは好きじゃないけど、まだなんとかできる。でもこれが一人で一小隊以上の連携に対応しろって言われたら無理」

「ほら、俺が言った通りじゃん」


 初日と比べると随分打ち解けたトムが、後ろに立つステファンを仰ぎ見る。彼は黙ったままトムの髪をガシガシと乱す。


「やめろって」と手を振って払いのけるトムと、いつも通りのイタズラ小僧感丸出しのステファンに、ラディウは思わず笑みがこぼれた。人見知りしがちなトムが、すっかりステファンたちに馴染んでいる。


「絡め手が苦手なのは皆と同じだよ。不意打ちも私は苦手。これが多方向になると読みきれない」

「散々不意打ちしといて、それを言うか!?」


 ステファンが絡んでくるが、ラディウは頬杖をついて上目遣いで彼を見る。


「そういう戦術よ。相手をする機数は、少なければ少ないほど良いのはお互い様でしょう? 2人もそんな感じ?」


 トムは頷き、ヴァロージャは苦笑する。


「俺はまだそこまで慣れてないけどな」


 すると、ジェニファーが「ちょっと待って」と手を挙げた。


「それじゃあ、私たちと変わらないじゃない」

「そうよ。私たちだって疲れればミスをするし、調子が悪ければ簡単に落とされる。そうでしょう? ステファン」


 ラディウに言われて、ステファンは少し得意そうにニヤリと笑い相槌をうつ。


「お前が調子を崩していた時のアレだろう?」

「悔しいけどその通り」


 ステファンはクルクルと模型を回しながら、ラディウに機種を向けてミサイルを放って離脱するモーションをして見せる。


「毎回あのラッキーがあるわけじゃない。必ずどこかで勝つからな」


 そう真っ直ぐライバル心を剥き出してくるのがステファンらしくて、ラディウも彼を嫌いになり切れない。


「あんたなんかに、もう負けないから!」


 そう言ってステファンに向かってフフンと鼻で笑い、ジェニファーとルゥリシアはいつものが始まったと肩を竦めて一緒に笑う。


 トムはちょっと驚いたようにラディウを見て、ヴァロージャはラディウが自分の同期たちと仲良くやっている姿を、心底嬉しそうに眺めている。


「機体性能もあるけど、最後は乗り手の腕ってことか……悪くないな」


 パウエルが顎を撫でながら言う。


「ということは、例えば相手が1機だったら、こちらは4機以上で対応すればっていうこと?」

「可能性としてはね。1対4は今回の演習で何度かやっているけど、やっていて一番キツいし、撃墜される回数も多い」


 アランの問いかけにラディウはそう答えると、机上のコーヒーカップを両手で持って一口飲んだ。


「ラディウ、弱点バラしちゃったら、俺たち不利じゃん」


 トムが不満そうに口を尖らせて抗議する。ラディウはちょっと呆れたように、自分の同期の少年を見た。


「何のための演習かわかってる? 私たちを倒すための演習でしょう?」

「そうだけど、負けると悔しいじゃん。ヘトヘトなのに撃墜されて戻ってくると、一回墜とされる度に腕立て伏せ100回だぞ!」


 腕がパンパンだよ! と言うトムにラディウは「私だって同じだよ」と負けじと言い返す。


その後ろで「お前らそんなことしてんのか……」とステファンが呆れたように呟く。


「トムはまだ実戦でリープカインドと当たってないから、そういう事を言えるのよ」


 ラディウは8月の事件を思い出して、手にしているコーヒーの黒い液面を見つめる。


「あの訓練内容は、ここの飛行中隊の練度上げだけじゃない。俺たちの戦闘継続能力の向上と、武装選択の判断力を養うのも目的かもな。精神的にもっとタフにならないと、敵のリープカインドとやり合えないと、上は考えてるんじゃないのか?」


 年上らしいヴァロージャの最もな意見に、ラディウは「私もヴァロージャの意見に同意」と応えた。


「1週間やっていて思ったのだけど、今やっている内容は、俺たちの弱点の洗い出し」


 ヴァロージャの言葉に、トムは不満そうに頬を膨らませている。


「その弱点に俺たちは気づかないといけないし、それを戦隊にフィードバックさせなきゃいけない。そうだろう? ラディウ 」


 話を振られて、ラディウは顔を上げてヴァロージャを見た。


「そうね、ラボの担当医官が演習にもついてきて、事細かにデータをチェックしている。こんなの普通じゃありえない」

「それだけ、8月の事件に上層部が危機感を持っているって言うことか」


 ステファンが模型をクルクル弄びながら言うと、ラディウは頷いた。


「おそらくね……」


 ルゥリシアがぶるりと身を震わせる。


「あの襲撃は衝撃的だった。死ぬかもしれないって思ったのは初めてだったわ。願わくばもう出会いたくはないわね」


 彼女はここにいる少尉たちの中で、ラディウを除いて唯一敵のリープカインドに遭遇した飛行士だ。


 ラディウも彼女の悲鳴のような「ロックオンされた!」の声は、今思い出してもゾッとする。


「まだ時間があるな。ラディウたちの話も含めて、もう一度効果的な戦法を検討しよう」


 パウエルがそう言って、直近の模擬戦映像を正面のモニターに表示させた。

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