第17話 彼女と彼らは疲れてる

 その日、ラディウは単機で訓練宙域を飛んでいた。そういう指示だった。


 彼女にはどの方位から何機来るとは伝えられていない。訓練宙域に入り、相手を発見次第墜とせという指示だけだ。さらには「やり方は任せる。戦術の制限はない。好きにやれ」とティーズに言い渡されている。


 哨戒任務のように宙域を飛びながら周囲を探っていると、後ろの方から気配を感じた。


 2機迫ってくる。


 ラディウは機体を方向転換させると相手を捕捉。長距離ミサイルを選択して、発射と同時に電子戦を開始した。


『あいつ!初手からHi-EJPを使ってきた!』


「EEG兵器が来る! 警戒!」


 ステファンはそう言って、電子戦を開始する。


 ステファンの分隊長フランク・”ジャッキー”・リトス中尉の機内では、ロックオンアラームが鳴り響いている。


 彼がどんなに回避行動をとっても、ぴったりと追跡してくるEEGミサイルのシグナルを引き剥がせずに、既定の時間が過ぎた。


『この距離で? くそ! やられた! 離脱する』


 あっけなかった。


「あいつ……不意打ちばっかりしやがって……」


 リトス中尉の口惜しそうな声を聞き、早々に一機残されたステファンは、青白い光跡を曳いてこちらに向かってくる、ラディウのリウォード・エインセルを睨みつけながら、迎撃態勢を整える。


 ラディウはやっと表示されたIFFのコールサインを確認した。一対一なら余裕がある。


「”ラスカル”のエレメントリーダーがいつもと違う。アトリー・キルケ大尉じゃなかった」


 でも誰なのかはわからない。そんな情報は今は必要ないとラディウは思う。


『相変わらず人間離れしてやがる』


 ステファンが、闘志むき出しで迫ってきた。


「文句があるならタマの一発でも当ててみせろ」


 偶然お互いの無線が通ったので、ラディウも負けずに言い返す。


 ステファンとの距離が縮まり、お互いがお互いを墜とすベストポイントを取り合うために、宇宙を駆け抜ける。


『お前のそういうところは、本当に可愛げがない』


 ステファンの苦しげな息遣いのそれを聞いて、ラディウはニヤリと笑みを浮かべると、「飛ぶのは楽しいね」と呟き、ステファンを追いかけ始めた。






 演習は日に何度も繰り返される。

 母艦のロージレイザァから都度飛来する飛行戦隊のメンバーと異なり、ラボの部隊は訓練宙域で随伴のキャリアーを補給及び休憩場所として使い、編成を変え、条件を変えて何度もロージレイザァ組と相対する。


 リープカインドたちは当初「訓練の仮想敵役」のつもりで飛んでいたが、そんな訳ではなかったと、開始早々に思い知らされた。


 彼らはティーズやイーガンの指示で、飛び立つ度に編成を変え、短いインターバルでガンガン再出撃を指示される。


 時には1飛行分隊や小隊を退けても自分が撃墜されるか、指示がでるまでキャリアーへの帰還も、消耗した武装の再設定も許されず、すぐに次の部隊の対応させられる事もあった。


 早く帰りたくて手を抜こうものなら、厳しく叱られる。


 あまりのハードさに、適応力と持久力のテストをさせられているのではないのか? と彼らは思うほどだった。


 訓練開始から二日目で、いちいち接続を切って待機所に戻るのも面倒になり、気づけば皆、食事とトイレ以外は休憩中もコクピットに篭るようになった。


『帰りは<ブルギッド>に任せて降りるだけなのが有難い……』


 その日の演習が終わった帰り道、ヴァロージャが欠伸混じりでそう呟いた。普段は技術を維持するために自分で降ろすが、疲労困憊の今は自機の支援AIである<ブルギッド>に任せている。


 ラボでトムと同型ベースのファーブニル・アイオーンとセットになる支援AI<ブルギッド>を与えられ、”コッペリア使い”と呼ばれるパイロットになって2ヶ月。


 随分慣れてきたとはいえ、まだまだヴァロージャに不慣れな事は多い。持ち前のセンスで機体の操作は難なくこなすが、コッペリアシステム搭載機独特の機能や性能に、まだ慣熟しきれていないと彼は自覚している。


「このブートキャンプみたいな演習で、なんとかしたい……<ブルギッド>少し寝る。管制が呼び掛けたら起こしてくれ」


 ヴァロージャはそう<ブルギッド >に伝え目を閉じると、彼女は《Yes マスター》と返事を返した。


 一方、ラディウもぐったりとシートに身を預け、ポリポリとブドウ糖タブレットを頬張っていた。


『”エルアー”、後半がだんだん雑になってたぞ』


 レオン・”レーベ”・ガリー二中尉がうなだれたまま指摘する。声が眠そうだ。ラディウは口の中のものを飲み込む。


「もう集中力が切れちゃって……」


 後半2回堕とされたなと、ラディウもぼんやり思い返しながら、コクピットハッチの外の景色――キャリアー格納庫内の仲間の機体を眺めた。


 ティーズのメテルキシィ・カスタムの隣に、ヴァロージャの乗機ファーブニル・アイオーンが。ラディウのリウォード・エインセルの隣には、リープカインド向けに改修された、レオンのメテルキシィL型が翼を休めている。


 ロージレイザァに帰艦し、その日のフライトスケジュールとデブリーフィングが終了すると、疲れた身体を引きずるように食事を済ませ、気合でシャワーを浴びて、泥のように眠る。


 それが5日も続くと、流石に慣れて余裕が生まれた。ここでようやく自由時間を寝る以外で過ごす気力が湧いてくる。


 朝食を取ることが楽しくなるのも、慣れた証拠だった。

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