第22話 彼女の隠し事
ミーティングが終わり、ラディウは確認しておきたい資料を自分の端末にダウンロードし終えると、トムが声をかけてきた。
「夕方にオフィサーズラウンジへ行こうぜ。”ラスカル”が9ボールをやろうって」
「いいよ。後で集合時間を教えて。ヴァロージャも行く?」
ラディウは振り向いて彼に声をかける。
「行くよ。俺も”ラスカル”から誘われてる。多分94期はみんな来るな」
「それは楽しみ」
久しぶりに彼らとゲームができるのを知り、ラディウは嬉しそうに微笑んでトムの方を見た。
「トムはいつ、ビリヤードを覚えたの?」
「ツクヨミで隊長達に教えてもらったんだ。ラドは?」
「夏にこの艦に乗った時に、みんなに教えてもらったの」
ラボにはビリヤードやダーツといった遊興設備は存在しない。それに彼らは今まで仕事や訓練で軍艦に乗っても、こうしたラウンジに足を踏み入れたことはなかった。
それは、当時の自分たちの制服が学生のものであったことと、大人たちから勝手にうろうろしないように言いつけられていたからだ。
少尉になって制服が変わってから、艦内での行動に制限は加えられていない。それもあってラディウは艦隊で働く事が心底楽しかった。
「じゃあさ、ロージレイザァにいるうちに、勝負しよう」
ラディウはトムとそんな他愛無い会話をしながら部屋を出ようとした時「リプレー少尉、話がある。ここに残りなさい」と、ティーズに呼び止められた。
彼女は怪訝そうに振り返り「はい」と返事をすると、トムとヴァロージャに「また後で」と言ってその場に留まった。
ティーズから冷気のような空気感を感じ、それまでの楽しい気分が一気に吹き飛んだ。
全員が退出してからおずおずと「何でしょう?」と尋ね、手にしているタブレットを抱きしめる。
「スクラート少佐に嫌味を言われたぞ。それと、君を貸せと言われた。少佐と何かあったのか?」
ラディウは気まずそうに目を逸らす。隠し事がある時の彼女のクセをティーズは見逃さない。
「1課に行ったのか?」
「……いきました」
渋々と言った感じでティーズの質問を肯定する。
「いつ?」
「ツクヨミから戻った最初の勤務日……です」
「許可なく他部署へ行くなと言っている。どうして指示が守れない?」
ティーズは腰に手を当ててラディウに尋ねる。彼女はそらした目線をティーズに向けた。
「シルヴィアの件、担当は1課だと思っていましたので、その件を話しに……」
「どうして先に私や課長に報告せずに、スクラート少佐に直接話す?」
「それは……8月の再聴取の時に、何か思い出したら教えて欲しいとスクラート少佐が……」
ラディウは最後は言い淀み、再び視線を泳がせる。
「その言い訳はらしくないな? リプレー」
怒鳴りはしないが、冷たい声音で自分を苗字だけで呼ぶ時は、ティーズが本気で怒っている時だとラディウは知っている。そのため自然と身を
「少佐のところで何をしたんだ?」
「な、何をって……」
スクラートを脅して、Aグループの資料を流してもらったとは、ラディウは口が裂けても言えない。
言ったら最後、まだ殆ど読めていないあの資料は取り上げられてしまう。今はまだ隠しておきたい。
「……少佐にお願いして、もう一度行方不明者のリストを見せてもらいました」
それを聞いたティーズは、呆れたように大きなため息をついた。
「それも私たちに一言あるべきだろう。好奇心旺盛なのは結構だが、その行動が自分の自由を縛る事があるのだということを自覚しろ」
自由? ティーズのその言葉にラディウの眉がぴくりと動いた。
――縛るも何も、もう何年も制限された中で生きている。
5年もいれば環境に慣れるし、自分の立場も理解しているが、それでも心の奥底には、様々な鬱憤が溜まっている。それが彼女の反発心がむくむくと起き上がらせた。
「自由も何も今更です。敵に対応するためには情報が必要だと、FAの生体ユニットは判断しました」
ティーズの眉が顰めた。
「敵の情報?……ラディウ! まだ何か隠しているな?」
思わず口をついてしまい、ラディウは慌てた。
「何も隠していません。失礼します!」
ラディウは素早く身を翻しハッチの開閉スイッチを叩くと、ティーズが呼び止めるより早く、逃げるように部屋を出た。
慌ててティーズが後を追うが、彼女は素早く通路を曲がり姿を消した。
あの状態で捕まえて問いただしても、頑固なラディウは簡単には口を割らない。
「スクラートのところで、何をしてきたんだ、あの娘は……」
折を見て聞き出すしかない。
ティーズは困ったようにもう一度深いため息をついた。
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