第14話 彼女の質問

 ラディウのパンプスの音がコンコンコンとリズミカルに響き、やがて2フロア下で音が止まる。


 階段室から人もまばらなホールに進むと、1課の受付でスクラート少佐を呼び出した。


 暫く待っていると、呼び出されたスクラートは訝しげに彼女を見た。


「1人で来たのか?」

「いけませんか?」


 ラディウは無表情のままスクラートを見上げる。自分から訪れた割に、警戒心と緊張感を隠さない彼女に、スクラートはフッと笑うと「それで用件は?」と尋ねた。


「2年前の事件の人物ファイルを、もう一度見せていただけないでしょうか?」

「構わないが、理由は?」


 ラディウは床に目をやり少しだけ逡巡すると、意を決したようにスクラートに向き直った。


「……気になったことがあるので、もう一度確認をしたいと思いました」

「いいだろう。来なさい」


 スクラートは小さく頷くと、彼女をオフィス横のミーティングルームに通し、そこで彼女にタブレットを渡した。


 ラディウはファイルの一人目を見た時に、閲覧制限されている項目も見せてもらえないか尋ねると、スクラートは首を横に振った。


「やめておきなさい。何かあったら私は責任が取れないし、少尉も困るだろう?」

「わかりました」


 ラディウはページをめくり、シルヴィアを探す。ふとその途中で手を止めた。


 そのページにはあの日、ウィリアム・トルスタインと一緒にいた、ギニアによく似た女性が表示されている。先日ウィリアムの横に居た時よりも明るく表情豊かな女性に見えた。


「セレーネ・グスマン……」


 それが彼女の本名なのだろう。すると”ギニア”は彼女のコールサインのようなものなのだろうか?


 
ラディウが自分に公開されている限られた情報の中から、ヒントを読み取ろうとしている時、スクラートが声をかけた。


「アスワンで、ウィリアム・トルスタインと会ったのだろう?」


 ラディウはギクリと顔をあげた。テーブルを挟んだ向かい側で、スクラートがじっとこちらを観察している。


「そこには例の、少尉の”親友”もいた。そうだろう?」


 隙のない微笑を見せるスクラートに、ラディウはゴクリと唾を飲み込む。


「少尉たちはウィリアム・トルスタインと何を話したんだ? 少尉たちは何を見たんだ? 彼らは何をしにアスワンに来た?」

「……なぜそんな事を?」


 ラディウはまだ、ウィリアム・トルスタインと会ったことを上に報告していない。この件はヴァロージャが自分でオルブレイに報告すると言っていたからだ。


 だからまだ誰も知り得ぬ情報を持っているスクラートを警戒し、彼女は平静を装いながらストラートと目線を合わせると、彼の濃いブラウンの瞳を暫く、奥底を探るように見つめた。


「……やっぱり、ラングレー伍長は少佐のところの人だったんですね」


 その言葉に、スクラートは「ほぅ」と言って顎に手をやる。


「驚いたな。リープカインドはそんな事もわかるのか。きっかけがあるだろう、いつから気づいていた?」

「帰りのシャトルで、ラングレー伍長の雰囲気が少し違いました。見ていれば、なんとなくわかります」


 スクラートは関心するように彼女を見た。


「そういう事ができる人材は、ウチでも欲しいよ。どうだリプレー少尉、うちに来ないか?」

「嫌です。ここは私を飛ばしてはくれないもの」


 本気とも冗談とも言えない誘いに、ラディウははっきり拒否をして、スクラートを苦笑させた。


「ところで、少佐はAグループがどんな研究をしていたか、ご存知ですか?」

「それは私ではなく、Dr.ウィオラたちに聞いた方がいいんじゃないか?」


 スクラートは軽くあしらうよう鼻で笑う。


「教えてもらえないから、少佐にお尋ねしてるんです」


 ラディウは彼を凝視したままポツリと呟いた。


「イサベラ・ロセアン……」


 スクラートの顔から笑みが消え、眉がピクリと動いた。


「この人の存在、秘密なんですよね。あぁ、だから中間報告書が不自然にマスクされて……」


 スクラートの微かな表情の変化を捉えたラディウは、それを合図にそこからさらに意識を集中させて、彼の考えを探る。


 Bグループの子供たちは、総じて思考を読むのに長けている。



 ラディウのように相手の目を見て読む者、トムのように相手の側で感じるもの、それぞれによって読み方がちがう。


 こういう事をしないよう、彼らは厳しく戒められ、関わる大人たちも対策しているが、普段彼らと関わりがないスクラートは、当然その事を知らない。


「……何を根拠に」

「根拠? 少佐が今、私に教えてくれています」


 無表情のまま、少し遠くを見るような彼女の緑の瞳に、スクラートは寒気を感じた。


「……やめなさい、少尉」

「この人、Dr.シュミットの……」


 ラディウは目の前に浮かぶ情景を言葉にする。


「やめるんだ、少尉」


 スクラートは眉間に皺を寄せ、ラディウを制止しようとするが、彼女は意に返さない。


「なら、教えてください。そうですね……ウィリーズ? ですか?」


 ラディウはスクラートに目線を合わせず虚空を見つめながら話す。


「だめだ」

「教えてください。もっと探りますよ。いっそプライベートまで……例えば、そうですねぇ」


 考え込むように、ラディウは顎に手をやる。

 開示していない2年前の機密事項を、次から次へと言い当てる目の前の少女に、スクラートは不気味さを超えて恐怖を感じた。


 これ以上隠し通せば、それこそ彼女は個人的なことまで言い出すだろう。


「わかったから! やめてくれ! リプレー少尉!」


 スクラートは降参したとに手を挙げ、ラディウはそれ以上探るのを止めた。






「君に開示できるのはこれだけだ。それと、絶対に外部に漏らすな。いいな!」


 そう苦々しい口調で、スクラートはラディウが求めたデータのコピーを渡した。


 ラディウは「ありがとうございます」と言って受け取る。


 彼女がジャケットの内ポケットにそれを収めると、スクラートは憮然とした表情で、少女を見下ろした。


「確認はしないのか?」

「少佐は嘘をついてないもの」


 スクラートは大きく息をついて、やれやれと首を振った。


「そういえば以前、気づいた事があれば知らせて欲しいと、仰ってましたね」

「あぁ」


 疲れた表情でスクラートが答えると、ラディウはタブレットを手元に引き寄せ、メモを書きつけた。


「このセレーネ・グスマンは”ギニア”と呼ばれていました。シルヴィアは”ベレッタ”と呼ばれていました。彼女は私の事は何も覚えてないようです」


 ラディウは一瞬だけど寂しげな表情を浮かべるが、すぐにそれを消して、まだ3課に上げていないボギー4の情報も書き込むと、タブレットをスクラートに返却した。


「もう、いいのか?」


 彼は画面を確認し、彼女を見た。先ほどの薄ら寒さを覚える無表情さは消え、愛想こそなかったが、どこにでもいる少女がそこにいた。


「はい。お時間をありがとうございます」

「ならもう、早く3課に戻れ……」


 スクラートは彼女と目を合わせるとこなく、さっさと行けと、手を振った




 元来た道を辿るように、ラディウは足早に階段を上る。3課のフロアの階段室につくと、背中を壁に預けてその場にしゃがみ込んだ。


「やりすぎた……」


 目を閉じて何度も大きく深呼吸をし、溢れ出そうとする感覚の波を抑え込む。


 嘘か否かを読む程度はなんて事ないが、深く識ろうとすれば、それだけ高い集中力と、それを乱そうとするリミッターとの戦いになる。


 頭が痛い。


 ラディウは10分ほどその場に留まり、昂る感覚をなんとか抑えこむ。そして疼く痛みを我慢すると立ち上がり、何食わぬ顔をしてオフィスに戻った。

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