第15話 彼らの思い出
スミスは自分のオフィスにある小さな冷蔵庫から、瓶のビールを2本取り出すと栓を抜き、1本をソファーに座るヴァロージャに渡した。
ヴァロージャは基地から戻り、そのままスミスの部屋に直行したので制服のままだ。
「俺、飲酒NGじゃなかったんですか?」
ビールと摘みのナッツを手に、反対側に座るスミスを見ながら、ヴァロージャは苦笑まじりで尋ねた。
「1本ぐらいなら今日はいいよ。居住棟も酔いが醒めてから帰ればいい。飲みたい気分だろう?」
「えぇ、まぁ……」
それならと、ヴァロージャは上着を脱ぎ、ネクタイをグィッと緩め、冷えた瓶ビールをクィッと煽った。
口の中を麦とホップの香りが満たして抜けていく。
数ヶ月ぶりのビールの味に、ヴァロージャは喉を鳴らし「美味いな」と呟く。
「飲んでおいてアレですけど、職場にビール置いていいんですか?」
「勤務時間は終わったんだ。問題ない」
そう言ってスミスは笑うと、瓶に口をつける。
彼は一口飲んでぽつりと「やはりライムが欲しいな。今度置いておこう」と呟く。
「……大佐に……オルブレイ課長に、俺は俺のままで良いと言われました」
「あの件は、公にしないということか」
ヴァロージャは黙って頷く。
「3課とラボの部内機密にすると言われました。首が繋がりました。感謝しています……」
勧められたナッツをつまみ、ビールを飲むと、少し考え込んでからヴァロージャはポツリと尋ねた。
「先生から見て、俺たちは……俺とジムとエリーは……家族に見えましたか?」
スミスはロバーツ夫妻が、彼を慈しんで育てていたのをよく知っている。
「もちろん、君たちは間違いなく家族だった」
ヴァロージャが10歳の頃から交流しているヤマダも、きっと同じだろうと彼は思った。
「君は2人に心から愛されていた。社長もきっと同じ事を言うよ」
それを聞いて、ヴァロージャは寂しげに微笑する。
「レースの時、パブリックビューイングに応援に来てくれたり、準備の時に差し入れ持ってきてくれたり……二人のおかげでホビーを続けられた」
ヴァロージャはそう言って目頭を押さえる。
勝手かもしれないが、今は少しでも祖父母を知っている人に会って、思い出を共有したかった。
「エリーさんのチェリーパイは本当に美味しかった。あの味を超えるチェリーパイに、私はまだお目にかかったことがないよ」
スミスは手を伸ばしてボックスティッシュを取ると、そっとヴァロージャの前に置く。
「先生が側にいてくれて良かった……俺1人だったら、何もできなかった」
「君の力になれているのなら、こっちに戻った甲斐があったよ」
スミスはそう言って微笑する。ヴァロージャも微かに笑みを浮かべると、手にしているビールを一口飲んだ。
スミスのオフィスの壁には、ラグナスの工場で撮った集合写真が飾られている。
その中には16歳のヴァロージャが、仲間たちと一緒に笑って写っていた。
「……みんなに、会いたいな」
懐かしそうに写真を眺め、そう呟いた後、ヴァロージャは自分でも珍しく弱気になっているなと思った。
簡単に会えないのは、艦隊にいてもここに居ても変わらないのに。
――1ヶ月後
8機のFAが、ロージレイザァの着艦ルートに入り、手順に従って1機ずつ順番に着艦デッキへと降りていく。
その中の6番目に、ラディウのリウォード・エインセルが並んでいる。
着艦管制の指示に従い、彼女は3ヶ月ぶりにロージレイザァに降り立った。
メインエンジンを切り、機体が下部デッキに搬送される。この間、固定作業が終わるまでは特別何かをすることは無い。
機体が指定位置に固定され、電源とデータリンク用のケーブルが機体に接続されるのを確認してから、ラディウはコクピットハッチを開けた。
「お帰り! ”エルアー”」
夏の試験航行の時に担当してくれたメカニックがそう言って歓迎してくれる。
ラディウはHMSのモードを切り替えて彼の顔を見て笑顔を見せた。
「ただいま。短い間ですけど、またよろしくお願いします」
コロニー連合と、セクション5が帰属権を争っている資源採掘用隕石基地、ベータカァポティ。
この隕石基地を開拓したのはセクション5だったが、インテグリッドが力をつけ、全体主義のコロニー国家として姿を変えていく中、本国から遠く離れたこの基地は、セクション5からの離脱を決めると、コロニー連合への加入を求め受け入れられた。
治安維持と防衛のため、ベータカァポティはコロニー連合軍の駐留を求め、連合はそれに応じた。そしてここに駐留軍と艦隊を配置したが、当然反発するインテグリッドとは摩擦が起きる。
周辺宙域で目立った軍事行動は起きていないが、常に緊張状態にあるのは事実だ。
特にベータカァポティ駐留軍とコロニー連合本国の艦隊が年に1度行う軍事演習は、インテグリッドを刺激させるのに十分だった。
そして今年もまた、年に一度の軍事演習の時期がやってきた。
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