第42話 彼と彼女の帰り道 2

 指定された退艦時間になり、ラディウはルゥリシアと一緒にロージレイザァを降りた。


 ボーディングブリッジから軍用ターミナルのロビーに降り立ち、強化ガラスを隔てた先には、1ヶ月過ごしたロージレイザァの巨大な艦体を望むことができる。


 ラディウが立ち止まり、名残惜しそうにロージレイザァを見ていると、ルゥリシアは「どうしたの?」と声をかけた。


「楽しかったなって思って」


 ラディウはそう言って寂しげに笑う。


「この後、勉強会のメンバーで昼食に行くんだけど、ラディウもどう? 結果が出るまでこっちにいるから、ジェニファーと部屋を借りたの。荷物が邪魔なら預かるわ」

「ありがとう。でもロビーに迎えが来ているから、ここでお別れ」


 ルゥリシアの誘いはとても嬉しかった。しかしロージレイザァを降りた今、彼女はもう自由に行動はできない。


「そっか……残念だわ。また一緒に飛べるのを楽しみにしている」

「私こそ、色々な事を教えてくれてありがとう。ルゥリシアと同じ小隊で心強かった」


 ルゥリシアは胸のポケットから折りたたんだメモ片を出してラディウに渡した。


「これ、私の連絡先と仕事のメールアドレス。また会いましょう」

「うん。またどこかの戦隊で」


 そう言って2人はハグをした。






 その場でルゥリシアと別れ、ラディウは後から来たティーズと合流してから、重力区画の出口ロビーへと向かう。


 ちょうど先に行っていたルゥリシアたち94期組が、ロビーにいた背の高い夏服の男性に手を振って立ち去るところだった。


 白い半袖のシャツの肩章は少尉だ。


 見覚えのある髪の色と後ろ姿が気になるが、彼らの知り合いだろうか? ここは軍の敷地内だ。彼女らの知人がいても何の不思議はない。


 ラディウがそう思っていると、隣を歩くティーズに呼びかけられて彼の方を向いた。


「私は君をオサダ軍曹に預けたら情報部に行くが、例の聴取の件、明日の13時からと連絡が入った」


 明日のラディウは朝から情報部に出勤して、オルブレイに帰着報告をしなくてはならない。そのタイミングに合わせて1課は予定を入れてきた。


「わかりました」

「それが終われば2週間の休暇だったな。行きたいところがあるなら、早めに言いなさい。都合をつける」

「ありがとうございます」


 カツカツと革靴の音を響かせて、重さの戻ったスーツケースを引きながら、二人は立ち止まった。


 オサダがこちらに気づき歩み寄る。そして先ほどの青年が振り返った。


「ヴァロージャ?」


 ラディウは驚いてその名を口にした。


 オサダと一緒に柔らかい笑みを浮かべ、こちらに歩いてくる元気そうなヴァロージャの姿を見て、ラディウは嬉しくて頬が緩み、涙が出そうになる。


 しかし彼が近づくにつれ、身につけているものが見えた時、同時にぎゅっと胸が苦しくなった。


「ちょっと無理を言って、君を迎えに出て来た」


 左腕の時計と一緒に巻かれている白いタグ、それと彼のネームプレートの下に、自分と同じラボのピンがついている。


「おかえり。ステファン達と一緒だったのか。俺の同期なんだ。愉快な連中だろう?」

「うん、みんな凄く良い人達だった。操縦も上手くて勉強になった」


 そう言った途端、溢れそうになった涙はひっこみ、彼に対して抑えていた後悔の念が浮かんできたが、今は抑えて笑顔を作る。


「どうしてここに? よく外出許可がおりたね」

「明日からまた暫く館詰めだから、その前に約束を果たしたくてさ」

「約束?」


 ラディウは首を傾げる。


「ジェラートを食べに行く約束していたろう?」


 あっとラディウは目を見開き、漂流中のドラゴンランサーで彼と約束したことを思い出した。


「いいの? 寄り道の許可とれたの?」

「もちろん」


 ヴァロージャは笑顔で答えた。






 夏の盛りにロージレイザァに乗ってアーストルダムを後にしたが、帰ってきたら8月の終わり。幾分日差しが柔らかく感じる。


 それでも快適な状態で空調管理された艦内から出ると、暑さが少し堪える。


 適度に乾燥し不快にならない程度に調整された夏の気候の中で、二人はジェラート屋のテラスの手すりにもたれ掛かって、外の景色を眺めながらジェラートを食べていた。


 ラディウはヴァロージャおすすめのミルク味を、スプーンで掬って口に入れる。


 濃いミルク感がありながらさっぱりしているそれを、口にすれば自然と笑みがこぼれる。彼が言うように格別の美味しさで、身体を内から冷やしてくれた。


「話したい事がたくさんあるんだ」


 ヴァロージャの言葉にラディウは少しドキリとした。まだ胸が苦しい。


「私も。あなたに話したいことが、沢山あるの」


 ラディウがそう言うと、ヴァロージャは短く「あぁ」と答えた。


 ここでは話せないことが沢山ある。だから全部帰ってからだ。


 ラディウは対岸に見える白く眩しい河と、雲の隙間の街を見上げた。


 そしてもう少しこのまま、ここで彼と一緒にいたいと思いながら、薄く表面を削るようにジェラートを掬い、口に運んだ。



 --2章「彼女のResolution」終わり





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《あとがき》

 ヒューマンシステム2章をお読みいただき、ありがとうございました。


 2章はラディウの背景と成長を中心にお話を進めていきました。

 彼女、任官されてピッチピチの新任少尉さんでした。ただしその特殊な生い立ちから、飛行経験と訓練はステファンたち94期組より積んでいます。無いのは社会経験。

 狭い閉じた世界で育ってきた彼女にとって、ラグナスでの経験もロージレイザァでの経験も、人の関わりと繋がりを学ぶ良い機会になったのでは? と思います。


 この後、3章(最終章)が始まります。

 3章は1章から残っているヴァロージャ個人の問題と、ラディウとの関係、ラボで起きた2年前の事件が中心になります。


 新しいキャラクターは、ラディウのセリフの端々や、追補編で出てきた同期のトーマス・ヘンウッド。ここでようやく登場してきます。


 3章のボリュームは、2章と同じぐらいです。カクヨムコン8の期間中に3章完結にはなりませんが、どうぞ最後までお付き合いくださいますよう、お願い申し上げます。

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