第3章 彼と彼女のDetermination

我々の運命は星が決めるのではない。我々自身の思いが決めるのだ。 ―シェイクスピア

第1話 彼女と彼女の昼休み

 ――2年前に遡る


 シルヴィア・ボルマンとラディウは同い年だ。ラボへの入所時期も同じ24期。


 お互いの所属する研究グループは違うが、一緒に教育や訓練を受け、同期入所の仲間意識もあり、彼女らはすぐに仲良くなった。


 パイロットの教育課程が始まるとよくペアを組んだし、彼女は教本通りに飛ぶ優秀な訓練生で、教官がいつも「お手本の飛び方だ」とべた褒めしていた。


 彼女は自身の優秀さを鼻にかけることはなく、親切で明るく朗らかな性格は誰からも好かれていたし、所属グループを問わず教室学習クラスでも人気のある少女だった。


 ここの大人たちは、子供たちが教室やそれぞれの訓練場所以外で、他グループの子供たちと親密になる事や、必要以上に会話をしたりするのを良しとしない。


 だから昼休みに利用が許されている3階の緑が溢れる回廊で、たまたまそこにいたシルヴィアに会って雑談していたときに、意を決したように彼女が「私を忘れないで欲しい」と言った時、ラディウは何事かと思った。


 思わず周囲を見回して、大人がいないかを確認する。これはここの子供達に染み付いたクセとも言っていい。

 

「突然どうしたの? 忘れるわけないじゃない」


 ラディウはそう言って笑顔を見せるが、シルヴィアの表情は固く真剣だった。その様子にただ事ではなさそうだと、ラディウは表情を引き締める。


「……何か、あったの?」


 心配そうに友人を見つめるが、彼女は首を振る。


「わからない。でも、時々『私が消える』のよ……」

「消える……? 一体……」


 ラディウは口から出そうになった、「何があったのか」という言葉をグッと飲み込んだ。


 同時に、Aグループはそんな強力な処置や調整をしているのだろうか? と疑問が浮かんだが、他グループの自分がそれを口にする事は許されない。そういう規則だと徹底的に教え込まれている。何より聞いたとしても、それが事実かどうかを大人達に確認することもできない。


 だから、彼女に当たり障りのない提案をするしかなかった。


「同じグループの人に相談した?」

「言えない。でも時々、の」


 シルヴィアは泣きそうな顔で言う。その不安感はラディウにも伝わるが、何もしてあげられない。どうして良いのか、どう答えればいいのか分からず、ただオロオロと狼狽うろたえるだけだった。


「お願い、ラディウは『私』を憶えていて」


 すがるようにシルヴィアが抱きついてきた。

 

 ラディウはそっと彼女を抱きしめる。普段は気丈なシルヴィアが震えている。


 漠然とした不安や怖さはとてもよくわかる。泣き叫んで逃げたくなるあの思いを、ラディウ自身も何度も経験している。多分、同じグループの仲間達も、他のグループの子達も。にしかわからない不安を抱えている。


 シルヴィアの涙が訓練着の肩を濡らす。ラディウは小さく嗚咽するシルヴィアの背中を優しくさすった。


「わかった。忘れない、約束する。大切な友達だもの。私はあなたを忘れない。だから、シルヴィも私を忘れないでいて」


 シルヴィアは小さく頷いた。


 それが、シルヴィア・ボルマンと最後に過ごした時間だった。






 1週間後、訓練に出たAグループの子供達10人と、主任研究員を含むクルー全員が、搭載していた試験機と一緒に練習艦ごと行方不明になる事件が起きた。


 その同時刻、ジェドのオフィスにいたラディウは「シルヴィアがいなくなる」と口走り、そのままパニック状態に陥り、ウィオラによって鎮静させれる。


 すぐに捜索隊が組織されたが発見には至らず、艦が破壊された痕跡もなく、拉致か遭難かという点で捜索が進められたが、結局彼女らの行方はわからないままだった。


 2年後の6月29日、偶然近くを飛行中だったラディウ・リプレーが、シャトルの救難信号を受信するまでは……






 ――8月29日午前6時半少し前


 セルフォンのバイブレーションが低い唸りを上げて彼女を起こす前に、自然と目が覚めた。


 ラディウはもぞもぞと起き上がり、時間差で唸る目覚ましを止めてから、大きなため息をついて頭を抱える。


 久しぶりに夢の中に友人が出てきた。今日の午後の予定を意識しすぎなんじゃないかと思い憂鬱になる。


 部屋のチャイムがポーンと鳴り、「おはよう」と彼女に声をかけながら、当直の看護師が朝のバイタルチェックのために入ってきた。


 ラディウは彼女から体温計を受け取り脇に挟む。その間に看護師が手際よくマンシェットを右腕に巻いて血圧を測定する。


「機嫌が悪そうな顔してるわね。変な夢でも見たの?」

「うん……ちょっとね」


 気の無い返事をして、計測の終わった体温計を看護師に渡す。


「ん……体温も血圧も正常ね。支度していいわよ」

「うん」


 彼女はカートを押して、次の部屋へと回っていく。


 ラディウは伸びをしてから毛布を翻してベッドを降りるとカーテンを開け、1ヶ月ぶりのコロニーの朝の光を浴びた。


 夏の朝の日差しに眩しく輝く世界とは逆に、ラディウの心は重く沈んでいた。


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