第41話 彼と彼女の帰り道 1
試験航行の日程が終り、ロージレイザァは僚艦と一ヶ月ぶりに母港のアーストルダムに帰港した。
港に到着しても部署ごとに下艦時間が決まっているため、すぐには降りられない。
この時間を利用して、飛行戦隊は最後の全体ミーティングを行った。試験航行の為に編成された部隊は、これで一旦解散になる。
各中隊長とデシーカの総評の後、彼の解散を告げる号令で終了したが、多くの飛行士たちがその場にとどまり、時間まで各々が飲みに行く約束や雑談を交わしていた。
ラディウも何人かの飛行士たちと握手をして別れた後、デシーカに呼び止められた。
「最後によく立て直したな」
あの日と同じ穏やかな笑みを彼女に向ける。ラディウも笑顔を返した。
「中佐のおかげです。救われました。本当にありがとうございました」
飛行停止中、展望デッキでデシーカと言葉を交わさなければ、最後まで鬱々と燻り続けていたし、恐らくここにも居なかっただろう。
あの時のラディウにとって、デシーカはどん底から救い上げてくれた救世主のような存在だった。
「あれは私の独り言だ。これからも頑張りなさい」
デシーカはそう言って右手を出した。
「はい」
ラディウは笑顔でその手を握ると彼の左手が被せられ、冷たい金属がするりと右手に滑り込む感触がして、戸惑い気味に握られた手とデシーカの顔を交互に見た。
デシーカはニヤリと笑うと、力強い腕でぐいっと彼女を引き寄せ、その大きな手のひらで、背中を軽く叩いた。
「次に会う時は、訓練をつけてやる」
そう言って彼女を離した。
「はい。また呼んでいただけるよう、がんばります」
デシーカは片手をあげてラディウの側を離れると、ステファンを呼び止めた。
そっと手を広げて渡されたものを見ると、デシーカのパーソナルマークのグリフォンがデザインされた、4センチほどのカラフルなコインが手のひらに残されていた。
「それ、デシーカ少佐のチャレンジコインだ。良かったな」
後ろからスコットに声をかけられた。
チャレンジコインは将兵たちが個人的に作って、贈呈や交換をしあう記念メダルだと言うことは、知識として知っている。
部隊内で仲間の印として作ったり、作戦への参加記念、上官から部下の働きへの賞賛や謝意を示す時など、作るのも贈るのも色々と理由があるそうだが、ラディウ自身にそう言ったものを貰う機会は、残念ながら今まで無かった。
「これがチャレンジコイン……初めて貰いました」
彼女は嬉しそうにコインの表裏を見比べてから、宝物のように掌の上に載せて表面をそっと撫でる。
「財布に入れておけ、そのうちに思いがけず役立つ事がある」
なぜ財布に? と言う彼女の怪訝そうな表情に、スコットは「そのうちわかるよ」と言って笑うと、知り合いのところに話しかけに行ってしまった。
室内の様子を見ると、デシーカは初めて彼の飛行中隊に参加したパイロットたちに、声をかけて渡しているようだった。
今度はルゥリシアがデシーカと談笑している。
――あぁ、最後まで飛べてよかった。
ラディウは改めてそう思い、コインを握り締めて一人微笑んだ。そして、この後の艦を降りてからの、これからの事を考える。
ロージレイザァを降りたら、迎えにきているオサダとラボに戻って、ウィオラに帰着報告をする。
その後は速やかに報告書をまとめてラボに提出。それは自動的に情報部3課にも共有される。
艦隊本部の評価結果は後日。運用試験結果も速やかに共有されるだろう。
自分の不調で10日近くを無駄にしてしまい、期待されていた成果は出せていないだろう。その件はDr.ポートマンからウィオラに報告があがれば、追加で呼び出し必須だ。
それよりまずはウィオラと会って話をしなければ。
そしてヴァロージャ。
彼はどうしているだろう、元気だろうか。
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