第40話 彼らと彼女のDebriefing

 今回の戦闘に参加した各小隊が、ブリーフィングルームに集合した。対応した小隊以外にも、バックアップで宙域待機したものもいるため人数が多い。


 ラディウはこのデブリーフィングで、アトリーの隊が宙域外の所属不明キャリアーを急襲したことで、対応していた敵機が撤退するきっかけになったことを知った。


「それで、あの信号弾だったんだ」

「あんな面倒なのと、2対2になる前で助かったけどな」


 トルキーがボソボソと小声で返してくる。ラディウは「本当それ」と微笑する。


「”ガルムスコット”と”エルアーラディウ”が、敵をリープカインドと判断したな。その根拠は?」


 突然デシーカに指名され、思わず通路を挟んだ一つ後ろの列にいるスコットの方を見た。


 ”カリマ”ティーズ隊は3人しかいない。救助されたユボー大尉はまだ医療部にいるのだろう。


 スコットは慣れた風で、リラックスした姿勢のまま発言する。


「自分の主観ですが、動き方ですね。先を読まれていると感じました。皆にわかりやすく言うと、”エルアー”と模擬戦をしている感じです」


 実際に対応した”アグーダ”エルヴィラ隊や”カリマ”隊のパイロット達が納得したように頷きあうのが見えた。


 ラディウの方は名前を出されて、周囲の目線が自分の方に集まるのを感じ、急に居心地が悪くなって緊張する。


「”エルアー”はどうだ?」


 ほらきた。と、ラディウは一呼吸入れてから、真っ直ぐにデシーカを見た。


「”ガルム”と同じく私の主観ですが、リープカインド同士の模擬戦と似ていました。決め手になったのは明確な撃墜イメージを相手に向けた時でしょうか。明らかに敵機の動きが変わりました。これは記録に残っているので、後ほど提出します」


 発言を終えてから、忘れないように端末のTo-Doリストに書き加える。


「なるほど、”カリマ”は?」

「私も2人と同意見です。それも全機がリープカインドとHESだった……そうだろう? ”ガルム”、”エルアー”」


 スコットが頷く。ラディウも小さく「はい」と言いながら頷くと室内がすこしざわついた。

 すっと隣のトルキーが手を挙げた。


「HESという”カリマ”の見解に、自分も同意します」

「”アグーダエルヴィラ”の意見は?」

「皆の意見と同じです。それぞれが”エルアー”と”ティオトルキー”に同等か、それ以上の能力を持つパイロットであれば、あの機動も含めて色々と納得ができます」

 

「なるほどな。さて敵機だが、所属不明の未確認機であることは間違いないが……”カリマ”、情報部はなにか知っているか?」


 デシーカの鋭い目がティーズを捉える。ラディウはそっとティーズを伺うが、彼はいつもと変わらない、涼し気な表情だった。


「無いわけではありませんが、現在調査中の案件もあり、現段階で情報部から出す事ができる精度の情報はありません」


 ――ティーズ大尉も気になっている?


 ラディウはそう思いながら二人の様子を注視する。とはいえ情報があることをティーズはデシーカに匂わせているのだから、後から内々に報告を入れるのだろうとラディウは思った。


 デシーカの視線がこちらに向く。「私は何も知りません」という顔で、ラディウはさりげなく目をそらして正面のモニターに映し出された敵機の静止画像を見た。







 デブリーフィングが終わり、ティーズが第一中隊のスーツ室に入る前に、ラディウが彼を呼び止めた。


「ティーズ大尉」


 彼女がガイドグリップから手を放し、ティーズに向かって慣性で流れていくと、彼は彼女の腕を掴んで床に降ろしてやった。


「どうした?」


 ラディウは周囲に人が居ない事を確認してから口を開く。


「大尉がお持ちのシャトル襲撃事件と、私の脱出ミッションの時の敵機のデータを見せていただきたいのです」

「理由は?」

「今回の敵機と出所が同じ気がするので、見比べてみたいと思いまして……私の手元には過去のデータが残っていませんので」


 ティーズは少し考えてから、自分の左腕の端末で予定を確認した。


「それなら明日、一緒に解析室で確認しよう。君のスケジュールを確認して、後で時間を知らせる」

「ありがとうございます」


 ティーズがフッと表情を緩めて微笑んだ。


「復活したようだな。いつものラディウだ」


 そう言われ、ラディウははにかむように笑う。


「色々とお見苦しいところを……すみませんでした」

「いまさらだよ。今日はしっかり休みなさい」


 ティーズはそう言ってラディウの頭をポンポンと撫でると、スーツ室に入って行った。






 翌日の午後、情報解析室にはラディウとティーズの他、メリナ、情報部のアトルバ少佐とフエブキ大尉が、室内中央のセンターコンソールテーブルを囲んで、それぞれが手元に投影されているスクリーンを見つめていた。


「映像からの機体表面の反射分析ですと、同じ工廠製の可能性が高いです。アルフォンス重工製のメテルキシィと比べるとわかりやすいです」


 そう言って、メリナは正面のスクリーンに比較映像とグラフを表示させる。


 彼らは便宜上、シャトル事件の機体を”アルファ”、ラス・エステラル脱出時に遭遇したものを”ブラボー”、昨日の侵犯機を”チャーリー”と設定した。


「”アルファ”はシャトル事件の1課の証言で、ユモミリーの機体だと判明している。”ブラボー”は先月提出した報告書の通り、”アルファ”の派生機であると思われる」


 ティーズの話を聴きながら、ラディウはマルチに表示させた2機の静止映像をまじまじと見つめた。


 最初の遭遇時は自機の撃破とデータ破棄のため、実験データを収めたFDRとパーソナルデータしか持ち出していない。


 
脱出に使ったドラゴンランサーの外部映像は既に回収された後で、その後はラボにいたため、この2機をこうして自分の目で比較確認するのは今日が初めてだった。


 漆黒のボディに所属のエンブレムもなく、翼形やスラスターの位置もほぼ同じ。胴部に抱えた砲やミサイルラックの位置もおおよそ同じ。既に大人たちが言っている通りなのだろうと思った。


 でも、パイロットは違った。確実に違う。


「”チャーリー”は外観は違いますが、映像分析だと同一工廠製の可能性が高い。これもユモミリー機と仮定……ですか?」


 そう言いながらラディウは顔を上げて、大人たちの様子を伺う。


「そうだな。そう仮定していいだろう。他に何か感想は?」


 ティーズが促すと、ラディウは頷いた。


「昨日のデブリーフィングでも報告したように、”チャーリー”のパイロットはリープカインド能力を有するHESだと推測します。これらはラボの機体と同じ、リープカインド専用機の可能性はどうでしょう。」


「そうね。この1機は先の2機とは設計思想が違うように見える。もう少し情報と解析が必要だけど、その可能性はあるわ」


 メリナはリウォード・エインセルにアクセスして、ボギー4と戦闘時の外部映像のデータを再生した。


「リプレー少尉、ウォーニル中尉、ラボでユモミリーのリープカインドや専用機について、なにか聞いたことはあるか?」

「私はただの被験者です。そういう情報に触れることはありません」


 ラディウはじっと手元のスクリーンをみつめたまま、アルトバと目を合わせずに答える。


 メリナはそんな彼女を一瞥すると、肩をすくめて苦笑した。


「残念ながら、私もお力になれません」

「ただ……あまり考えたくないのですが……」


 ラディウは言いにくそうに顔をあげた。


「私が対応したボギー4の動きが、2年前に姿を消したAグループの友人のクセに似ていました」


 情報部の大人たちが一様に渋い表情を浮かべる。


「ここでも2年前の亡霊か……」


 フエブキが呟いた。

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