第11話 彼と彼の……
月面都市・アスワンの共同墓地は、永遠の眠りの地に相応しく、緑豊かで静かな場所だった。
月面都市の墓地は、45センチ四方のキューブが70センチぐらいの石組みの土台の上に3段ずつ重なって並んでいる。
ラディウとヴァロージャはその一角のキューブの前に立っていた。
彼女は用意していた小さな花束を、キューブの土台の献花台に捧げ黙祷する。暫くの沈黙の後、ラディウはそっと顔をあげた。
ヴァロージャは墓石に刻まれた2人の名前をそっと撫でる。
「2人を、見つけてくれてありがとう」
その言葉にラディウは少し驚いた表情を浮かべて彼を見た。
なぜ彼はそれを知っているのだろう。アスワンの警備隊が個人名を知らせるものなのだろうか? 戸惑いながら「うん……聞いたんだ」と言った。
「あぁ。スミス先生が教えてくれた」
「そう……」
見つけた事が良かったのか悪かったのか……ラディウは判断と返す言葉をつきかねて、曖昧に返事をする。
「君には助けられてばかりだ」
「そんな事ない……私は何もしてないよ」
そう答えてラディウは目を伏せる。
「祖父さんたちの事だけじゃない。貸してくれたお守りだって、俺を助けてくれた。感謝してるんだ。ありがとう」
ラディウは顔を上げてヴァロージャと目を合わせた。
まだ少し寂しそうだが、彼のヘーゼルブラウンの瞳は優しく笑っている。
ラディウは安心したように微笑んだ。
「そろそろ行こうか」
ヴァロージャは左腕の時計で時間を確認する。
「うん」
二人がスミスとラングレーが待つ東屋に向かい歩き出したとき、正面から花束を片手に、チャコールグレーの三揃いのスーツを来た男性と、ダークグレーのパンツスーツの若い女性が歩いてきて、すれ違った。
「この辺りだと思います」
少し先を行く女性の声に、男性が「あぁ」と頷く。
彼女は墓地の場所を記したメモを片手に墓石の番号を確認する。
「ありましたウィリアム様。ロバーツ様ご夫妻はこちらです」
その声にヴァロージャとラディウは立ち止まって振り返った。
「お祖父様たちのお知り合い?」
小さな声でラディウは尋ねる。
ヴァロージャは「わからない」と首を横に振るが、ひょっとすると祖父母の知人だろうか? と思い直した。しかしラス・エステラルから離れた遠い月の上で、二人の知人がいるとは思えない。
どこかで二人の事がニュースになったのだろうか? ヴァロージャはそう思い踵を返すと彼らに声をかけた。
「あの……失礼ですが、ジムとエリーのお知り合いですか?」
女性は連合軍の制服を着た青年と少女を、警戒するようなそぶりを見せた。そうして男性を守るように一歩前に出る。
ラディウはその動きを訝しみながら、スーツの男性を暫く見つめると「あっ」と小さな声をあげた。
その時だった。
「2人とも! その男からすぐに離れろ!」
オサダが拳銃を構え、足早に二人に近づいて叫んだ。
それを見た女性は小さく舌打ちすると、見事な手捌きで特殊警棒を手にする。
「動くな! ギニア!」
「ダメよ! 軍曹! 撃たないで! 銃を下ろして!」
男性が女性を鋭く制し、ラディウは振り返ると彼らの盾になるよう両手を広げ、オサダの行く手を遮ろうとした。
その二人の間に挟まれて、ヴァロージャは状況把握が追いつかない。
「ラディウ! この男は――!」
「だって、この人はヴァロージャの!」
彼と同じぐらいの身長。彼より少し濃いめの髪、それと声のトーンが似ていた。
根拠はなかった。ただ直感だった。オサダを遮るため首を巡らせて男性に向かって言った。
「あなた、ヴァロージャのお父様でしょう?」
そのラディウの発言に彼女以外の4人が、その場に固まった。
三揃いのスーツの男性は、手にしていた小さな花束をそっとロバーツ夫妻の墓石の前に捧げ、黙祷している。
ラディウは今になって目の前の紳士が、授業や情報部の資料で見た事がある男性だと気づいた。
ウィリアム・トルスタイン――コロニー連合と敵対しているセクション5のインテグリッドの外交部部長。
だから、少し離れた位置で自分たちを見守っていたオサダが、急いで駆けつけてきたことも納得ができた。
インテグリッドの要人であるその人が、護衛と思われる女性を1人だけ連れてここにいる。
オサダは拳銃をホルスターに収めているが、彼がラディウたちを守るべく警戒をし、ウィリアムの護衛の彼女もまた、同様に武器を収めてはいるが、オサダの動きと全方位に気を配っていた。
その張り詰めた空気の中、暫くしてウィリアムは顔を上げ、背後に立つヴァロージャに向き直った。
「止められなかった……申し訳ない」
苦しそうに顔を歪め、絞り出すようにそう言うと、ヴァロージャに向かって深々と頭を下げる。
「じいさんたちを殺したのも、ラス・エステラルで俺を探していたのも、全部あんた達の仕業なのか?」
ヴァロージャは両手をギュッと固く握りしめた。
ヴァロージャは怒りを滲ませながらも、努めて冷静であろうとしていたが、声に孕む怒気は隠せない。
「彼らは父……君には祖父になるな。エドアルト・トルスタインの命令で動いていた部隊だ」
「エドアルト・トルスタイン?……S5のインテグリッドの総帥の……」
ラディウが呟く。
「その通りだよ」
ウィリアムはラディウを見ると、そう言って微笑する。
彼のその表情を見て、ラディウはやはりヴァロージャと同じ雰囲気があると思った。髪と瞳の色は違うが、笑ったときの口元が似ている。
「私が彼の父親だと、よくわかったね?」
ウィリアムはラディウのピンに目を止めた。
「そう、感じたので……」
戸惑いながらそう返事をすると、オサダが低い声で「やめろ、話すな」とラディウを制し、その腕を強く握って自分の背後に隠すように彼女の腕を引いた。
「なるほど、彼女はコロニー連合のリープカインドか。それならわかってしまうな」
ウィリアムは微笑しながらそういうと、再びヴァロージャに向き直った。
「あの小さかったヴァージルが、戦闘機パイロットになったのか……」
嬉しそうな、それでいて少し寂しそうな茶色の瞳が彼を見つめる。
「ヴァージル?」
ヴァロージャは怪訝そうに眉を潜めた。
「ヴァージル・オルソワ。君が生まれた時の名前だ」
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