第34話 彼女のResolution 1

 オフィサーズラウンジを覗くと、そこに彼女が探す人物がいた。


 ルゥリシアは一人掛けのソファに座り、コーヒーのマグカップを傍に置いて雑誌を読んでいる。


 ラディウはこの数日、自分から避けていたにも関わらず、今から彼女に無理な頼み事をしようとしているのに、どんな顔をすればいいのかわからなかった。


 拒絶されるかもしれない不安と恐れがあったが、無理に取り繕うことはせず、誠実に真正面から向き合おうと決めた。


「ルゥリシア……」


 久しぶりに自分から話しかけてきたラディウに、ルゥリシアは少し驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔をむけた。


「どうしたの? 真面目な顔して」


 いつも通りの彼女の笑顔に、ラディウは拒絶されなかった事にホッと胸を撫で下ろす。


「手伝ってもらいたい事があるのだけどいい?」

「ん? 何を?」


 訝しむ彼女にラディウは周囲を見回してから、彼女の座るソファーの横に跪つき、そっと囁いた。


「メテルキシィのシミュレーターに付き合って欲しいの」


 ルゥリシアはぎょっとしてラディウの顔を見る。彼女は飛行任務から外されて、そのためにシミュレーターすら触る許可が出ていないのは周知の事実だ。


「いいの? あなたが怒られるんじゃないの?」

「どうしても、上に私が飛べる事を証明したいの。最後までここで飛びたいの。怒られるのは私だけ。責任も私が取るから、お願い、手を貸して」


 ここ数日、光を失っていた彼女の瞳に、再び光と強い意志が戻っているのを感じて、ルゥシリアは「わかった」と頷いた。


「何を抱え込んでいるのか知らないけど、それであなたが元気になって、また一緒に飛べるならそれで良いわ。で、いつから?」

「部屋が取れれば、今すぐにでも」

 

 ルゥリシアは少し考えるとニコリと笑った。

 

「わかった。ちょうど良いところがある。行きましょう」


 そう言って彼女は立ち上がり、ラディウを伴ってラウンジをでた。


 やがてルゥリシアは、少尉勉強会の張り紙が貼ってある、小さめのシミュレータールームの前にラディウを連れてきた。


「ちょっと待って、ここって」


 戸惑うラディウを無視してルゥリシアはハッチを開ける。中にはステファンやパウエル、ジェニファーといった、馴染みの飛行士仲間がいた。


「ねぇ! みんな聞いて! この子、最後まで飛びたがってるの。手を貸して頂戴」

「え? ちょっとルゥリシア!?」


 仲間を巻き込むような事になり戸惑うラディウに構わず、ルゥリシアは彼女を引っ張って部屋の中央にいく。


「ここなら、上官たちに怪しまれずにシミュレーターが使えるでしょう?」

「待って、それじゃあみんなの評価が……」

「こういうのはね、怒られるまでがセーフなの」


 そう言って彼女は笑う。


「この子が問題なく飛べる事を証明したいの。悪いけど1台使わせて。巻き込まれが嫌な人は席を外せば無関係よ」


 ルゥリシアが仲間たちの顔を見回しながらそう告げるが、部屋から出る者は誰もいなかった。


「なるほど、木を隠すなら森の中ってわけか」


 パウエルがニヤニヤしながら頷く「良いアイディアだ」


 「もちろん責任は私が取るけど、みんなはそれでいいの?」


 ラディウも周囲に集まる仲間たちを見回した。


「実機を飛ばすわけじゃない。ただのシミュレーターだ。減点なんてたかが知れてる」

「最近”ラスカル”が調子に乗って鬱陶しいから、リプレーには早く復帰してもらいたいな。いいよ、手を貸す」


 仲間たちは口々にそう言って、彼女への協力を受け入れた。


「それで、何やるんだ?」


 ステファンがラディウに聞く。


「メテルキシィでの飛行能力評価試験の課題と模擬戦シミュレーション。2つ3つ出してくれれば十分だと思う」

「なかなかのボリュームだな。まぁいいぜ。とびっきり難しいのをこの”ラスカル”様が直々に選んでやる」


 ステファンはニヤリと笑い、嬉しそうに管制コンソールに向かった。


「前口上はいらない。時間がないからさっさとやる!」


 ルゥリシアがそう言ってステファンの尻を叩く。


「使用時間が足りないわね。私、延長申請を出してくるわ」


 ジェニファーがタブレットで書類を書くと、それを持って部屋を出ていった。管理者であるデシーカから直接許可を取るつもりらしい。


「みんな、ありがとう」


 ラディウは謝意を伝えると、急いでステファンが指定したユニットのシートに身を沈め、パーソナルデータを読み込ませて支度をする。いつも通り、メテルキシィの支援AIは<ケリー>だ。


「準備できた。”ラスカル”初めてください」

「よし、わかった。飛行能力評価試験を開始する」


 発進前チェックリストから発艦まで、気持ちが良い手際の良さで、画面の中の機体は宇宙空間を駆け上がっていく。


 部屋のモニターには外部映像、コクピット内映像、それとパイロット目線の映像がマルチで映し出されている。


「見惚れているのはいいが、万が一上官が来た時に誤魔化しきれないから、何人かシミュレーターに入ってくれ。それと誰か管制を手伝え」


「OK、俺がみんなの管制に入る」とアラン・ジーが告げてコンソールに向かう。


「シミュレーターは私が乗るわ」

「私も」


 ルゥリシアが手を挙げると、別の女性パイロットも手を上げた。


「俺もいく。後で”エルアー”の記録を見せろよ、”ラスカル”」

「まかせとけ。バッチリ録ってるぜ」


 ルゥリシアは指定されたシミュレーターに向かう前に、もう一度モニター画面の中のラディウを見た。


 リラックスした表情で難なく課題をこなしている。


「やっぱりあの子、飛んでる時の方が良い顔してる」






 数時間後――


「飛行許可をください」


 その日の夕方、ポートマンの診察室に入るなりラディウはそう切り出した。


「あなた……まだそんなことを……自分の状態と、なにより自分が何を言っているか判っているの?」


 ポートマンは心底呆れたように彼女を見る。


「コッペリアシステムを使う事ができないだけで、私のFAパイロットとしての基本的な技量と能力には問題はないと自負しています」


 そう言って手にしていたファイルをポートマンに手渡す。


 それは今日、ルゥリシアたちに手伝ってもらって、メテルキシィのシミュレーターで出した自身の飛行能力判定の試験データと、ここに来る前に急いで書き上げた上申書だった。


「リウォード・エインセルがダメなら、この艦に積んでいるメテルキシィでも構いません。残りの日数、飛ばせてください」


 飛行停止を解除する鍵はポートマンだ。彼女を説得しなければアーストルダムに戻るまで、ただ乗っているだけのお客さんになってしまう。初めての艦隊勤務でそんな終わり方をしたくなかった。


 なにより、飛びたい。飛んで終わりたいのだ。

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