第29話 彼女の抵抗
ステファン・”ラスカル”・ゼルニケにとって、一つの目標を達成した念願の時だった。
彼は一番最後にブリーフィングルームに入って開口一番
「ついに”
と大声で叫んだ。
その日の模擬戦に参加した複数の小隊が集まる全体のデブリーフィングだ。室内はワァっと盛り上がる。
ラディウは攻略の難しいパイロットの一人だったため、皆がステファンを拍手や歓声で讃えた。
こちらにわざわざガッツポーズを見せ付けて、大騒ぎするステファンを見ると少し悔しかったが、仕方がなかった。
近くのパイロットが「こんなこともある」「次は頑張れよ」と肩を叩いて慰めてくれる。
状況は最悪だったが負けは負けだ。そう思ったのでラディウも皆と一緒に手を叩いて、ステファンを讃えた。
「今日の飛び方、何かあったのか? らしくない、すごく重そうだったが」
一緒に手を叩きながら、トルキーが心配そうにラディウの顔を見た。彼女は着ているフライトジャケットの袖を手首まで引っ張る。
「ん……大丈夫。早々に帰っちゃってごめん」
「いいよ。疲れが溜まってるんじゃないのか? 無理するなよ」
「うん、ありがとう。大丈夫」
その頃、格納庫でメリナがスコット機のデータを確認している時、エインセル担当のメカニックがわざわざ彼女を探して呼びにきた。
「ウォーニル中尉! そちらが終わったら、ちょっとエインセルを見てもらえますか?」
「何かあったの?」
スコット機のコクピットから身を乗り出して尋ねる。
「コッペリアのパイロットワーニングが点灯しているんです」
メリナは思案するように口を真一文字に引き締める。
「わかった、すぐ行くわ。リプレー少尉にもこちらに来るように伝えてくれる?」
「了解です」
メカニックが身を翻して、近くのターミナルに向かい、メリナはスコット機のチェックを終わらせると、主電源を落としてコクピットから出た。
ブリーフィングルームのインターカムが鳴って、近くにいたパイロットがハンドヘルドをとる。二言三言会話をすると「了解、伝えます」と答えて切った。
「誰から?」
話を中断してエルヴィラが尋ねる。
「メカニックからです。終わったら”エルアー”に、下部気密デッキ自機ブースへ来て欲しいとのことです」
トルキーとタブレットを見ながら話をしていたラディウが、自分のコールサインを呼ばれて顔を上げ、エルヴィラの方を見る。
「そう、わかった? エルアー?」
「了解です」
平静を装って返事をしつつ、ラディウは微かに眉を顰めた。
リウォード・エインセルのモニターに表示される情報を確認してから、メリナは端末を繋ぐと<ディジニ>のログをチェックした。
そこにはラディウの状態が示されている。あまり良い兆候ではない。
「なるほど、それで<ディジニ>側で接続を切ったのね」
それにしても、呼び出しから1時間経ってもラディウは戻ってこない。そろそろデブリーフィングも終わっているだろうと、もう一度ブリーフィングルームに連絡を入れるが、今度は誰も出なかった。
艦内のターミナルで、部屋の利用状況を調べると、もう30分以上前から空室になっている。
「あの子……何を考えているの」
彼女の心配と、指示を無視された腹立たしさに、メリナは「あぁもう!」と声に出すと、ラディウを探しに出た。
メリナは艦内ターミナルでクルーの位置情報を調べ、無重力エリアの展望デッキに彼女がいるのを見つけた。
それを見て腹立たしくはあったが、メリナは努めて冷静でいようと気持ちを落ち着ける。しかし声をかける前に、気配を察して振り向いたラディウが、彼女の姿を見て一目散に逃げ出した。
「待ちなさい、ラディウ! どこに行くの!」
ラディウは無視して通路へ流れていく。壁や床などを利用し、反動と身体の動きで器用に素早く移動する。
メリナも同じように追いかけるが、ラディウの方が速い。
「待ちなさい、ラディウ! ラディウ・リプレー少尉!」
軍の規則では階級をつけてフルネームを呼ばれたら、必ずその場に留まる決まりだが、ラディウはそれすら無視して通路を進む。
やむ得ないと、メリナは判断した。
「止まりなさい! リプレー少尉! 止まらないと、デバイスの制御機能を使うわよ!」
ビクリとラディウが動きを止めて振り返った。
「やめて! ソレで脅さないでよ!」
泣きそうな顔で叫ぶ。
「嫌なら止まればいいでしょう! 私だってあなた達を縛るモノなんて使いたくない!」
ラディウは仕方なく近くの隔壁につかまって止まると、気まずそうにメリナから目線を逸らし、左手首に巻いているタクティカル端末を隠すように握った。
その動きをメリナは見逃さない。
「端末を見せなさい」
「……やだ」
「見せなさい!」
いつにないメリナの有無を言わさない強い口調に、ラディウは渋々左腕を差し出した。
メリナは彼女の左腕をとって袖を捲り、画面を確認する。そこに表示されたメッセージを見て、額に手を当てて溜息をつく。
「判っていてどうして……」
そして、そのままラディウの手を取ると、近くのガイドグリップを握って居住区に向かう。
「待って、医務室には! Dr.ポートマンのところには、後で必ず行くから!」
ラディウは必死に懇願する。
「後っていつ? 私の呼び出しをあなたは無視したのよ? この状態ではだめよ!」
「メリナさん怖い!」
「怖くさせてるのは、あなたでしょう! 来なさい!」
逃げようとするラディウの腕を、メリナはしっかり掴んで引く。
「じゃあ、せめてティーズ大尉には言わないで!」
「何バカなこと言うの! 報告案件よ!」
まもなく居住区の重力ブロックというところでメリナは止まり、掴んでいるラディウの手首をギュッと握った。
「わかっていると思うけど、ここから居住区よ。人の目が気になるなら、黙って大人しくついてきなさい」
「……はい」
下手に騒いで、他人から好奇の目を向けられるのは嫌だ。もう観念して、彼女についていくしかなかった。
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