第28話 彼の歓喜と彼女の絶望

 トルキーのメテルキシィと、ラディウのリウォード・エインセルが、青白い航跡を引きながら訓練宙域を飛行する。


 もう間も無く模擬戦闘開始だ。しかしラディウは今ひとつ集中しきれずにいた。


 相手はアトリーが率いる小隊だ。誰が来るのか探ってみるが、どうにも今日はイメージが掴みにくい。自然と眉間に皺が寄る。


「このままじゃダメだ。なんとかして立て直さないと……これ以上評価を落としたくない」


 その時、突然フッと何かが途切れたような感じがした。


 拡張されていた感覚が消失している。機体の反応が明らかに鈍くなり、マスターワーニングが鳴っている。


 何事かと思って確認すると、コッペリアシステムとのリンクが解除されていた。


「嘘……突然、どうして……」


 赤く点灯する警告灯を見て、ラディウは全身から血の気がひくのを感じた。こんな事は初めてだった。


 それより間も無く模擬戦闘開始だ。


 操縦するにあたっては特に問題はない。機体の動きを確認すると、通常のBMI機と同等の手応えだった。


「これならなんとかなる」


 ラディウはこの模擬戦を早く終わらせて、再接続はそれからでも良いと判断した。


 ピピっとレーダーが反応する。機種とパイロット情報が表示される。


 こんな時に限って、1番嫌な奴がこちらに来た。


『さぁて! ダンスしようぜ! ”エルアーラディウ”!  今日こそ墜とす!』


 ステファンがわざわざ共通チャンネルで話しかけてくる。あまりのタイミングの悪さに、ラディウは回答を無視した。


 ――とにかく今は模擬戦に集中しなくては。


 <ディジニ>は話しかけてはこないが、ラディウの指示は聞いてくれるらしい。ザッと確認したところ、現在<ディジニ>が出来ることは、メテルキシィと同じぐらいのようだ。


「せめて<ケリー>みたいに話しかけてよ」


 しかし<ディジニ>は答えない。


 この機体に乗って、こんなに心細いのは初めてだ。


 泣きたくなる気持ちを抑えてスロットルレバーとスティックを握り直す。


『いくぞ”エルアー”!  ”ラスカルステファン”は任せた。Fight on戦闘開始!』


「了解」


 もうやるしかない。


 ラディウは機体をステファンに向けた。






 今日の条件は火器制限なしのドッグファイト。


 身体にかかる高Gの負荷に歯を食いしばって堪えながら、少しでも有利なポジションを取るべく機動させるが、思い通りにならない状況に気持ちばかりが焦ってしまう。


「反応が重い……機体が追いつかない」


 自分がこう動きたいと思うよりも、機体が少し遅れて反応する。


 そこを意識的に補正しながら操縦する。


「おかしい、いつもならすぐに順応できるのに!」


 小さなズレがやがて大きなストレスに育つ。


 ラディウは自分の操縦から、冷静さが失われていくのを自覚する。


「ダメダメ! こんなの私じゃない。私の飛び方じゃない」


 泣き叫びたくなる気持ちを堪え、右に左に機体を振り回しながら、回避行動をとる。


 今日は逃げることに精一杯で、ステファンからポジションを取り返すことすらできない。


 何か一つのきっかけで、今まで同期していた歯車がどんどんズレて止まっていく。


 ラディウは今まさにその状態だった。


 心も、操縦も何もかもバランスを失って、機能不全に陥っていく。


「悪いがチャンスは逃さねぇ」


 ステファンの目がラディウ機をマークし続ける。


 なにやら調子が悪そうなのは知っている。いつもの不意打ちミサイルも飛ばしてこない。ストーカーみたいな追跡もない。何か機体に不具合があるようだが、だからといって遠慮はしない。


 これは命のやり取りをする練習だ。これがもし実戦なら、今日の自分の好調、不調なんて言い訳は敵に通じないし、その逆も然りだ。


さぁ来いGive me tone……さぁ来いGive me tone……」


 マーカーが重なる瞬間を見逃さない。


I got tone目標をとらえた!」


 ステファン機のマーカーがロックオンのシグナルを発した。


 撃墜を示すビープ音が鳴り、ラディウは思わず天を仰ぐ。


 ――やってしまった……よりによって”ラスカル”!


『Woohoo!!!! ラディウを墜とした!!! やったぜ!!!』


 ヘルメットのスピーカーからステファンの喜びの叫びが聞こえる。


 宙域離脱コースへ舵を切りながら、チラリとステファン機に目をやると、クルクルとロールして喜びを現している。


 悔しいけれど仕方がない。


「了解。”エルアー”訓練宙域離脱。帰艦します」


 ラディウ機は指定の離脱ルートに乗って、宙域を離脱した。






 機体を帰艦ルートに乗せて、自動操縦で飛ばす間に、コッペリアシステムとの再接続を試みる。機能チェックもするが、システム側に異常はない。


「どうして繋がらないの?」


 泣きたい気持ちになりながら、再接続手順を繰り返すがうまくいかない。


「ダメだダメだ。このままじゃ艦隊に残れない」


 焦りで動悸が激しくなる。左腕の端末が小さなアラームを鳴らした。アラームを止めるためそれを確認すると、端末とシステム側のディスプレイにそれぞれ新しいメッセージが出ていた。


「なにこれ、パイロットエラー? これ、<ディジニ>のせいじゃなくて私のせい?」


 背中に嫌な汗が流れる。


「どうしよう、なんとかしないと……それよりエラーを消さないと」


 マニュアルを呼び出し、トラブルシューティングの該当項目を探すが、そこに望む解決方法は載っていなかった。むしろ絶望を突きつけられた。


「……担当技官に報告って……これ絶対バレてダメなやつじゃない」


 すでに自分の評価とか、運用試験とかの問題ではない状況だと知り、ラディウは愕然とした。


――システムに繋がれない。


 彼女の知りうる、最悪の状況だった。

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