第27話 彼女の不安と彼のお守り
1日休んだからと言って、すぐに復調するようなものでもなかった。
ラディウが今一番恐れているのは、ティーズやエルヴィラ、ラボから出向している技術部のメリナ、同じく医官のDr.スーザン・ポートマンに、この今の自分の状態を知られる事だ。
まだ同じ少尉や、経験が上の中尉クラスの飛行士に撃墜されてはいないが、ここにきて大尉クラスの飛行士に撃墜される回数が増えてきた。
自分の状態を隠そうとすればするほど、ボロが出てくる悪循環を、カバーしきれなくなりつつある事も自覚している。なにより毎日配信されてくる全体の訓練評価のデータを見れば、前半と後半での成績の差が如実に現れてきている。
「これはもう、いつ誰に呼び出されてもおかしくない……」
士官用ラウンジのソファに身を沈めて、タブレットに表示させた内容を見ながら呟く。
考えるだけで胃が重たく、憂鬱になる。
「ラディウ、向かい側いい?」
不意に声をかけられて、ラディウはビクリと顔をあげた。
コーヒーのマグカップを持ったルゥリシアが、心配そうな表情で彼女を見下ろしている。
ラディウは座り直してから「どうぞ」と席を勧めると、ルゥリシアは中身を溢さないように気を使いながら座った。
「ねぇラディウ、やっぱり最近様子が変よ? 何かあったの?」
ラディウは微笑して首を振る。
「何もないよ。いつも通りのつもりだけど」
「そう? もしかしてまた
「そんなんじゃないの。ちょっと考え事を……ね」
ルゥリシアは「そう……」と呟いて、手にしているコーヒーを啜った。
「私が聞ける話しなら、相談にのるわよ?」
ルゥリシアの提案に心が痛くなる。
ラディウはヴァロージャの本当の居場所を知っている。彼がいま何に関わっているかも知っている。しかし、これは勝手に言って良い内容ではない。それぐらいの分別はつく。
そうなってしまった原因が自分にある事も、友人として接してくれる、この優しくて美しい同僚に言う事はできない。
「ごめん……所属先の機密……だから話せない。ごめん」
心底申し訳なく、膝の上のタブレットに目を落とす。そんな彼女を見てルゥリシアは苦笑を浮かべた。
「あなた、情報部に向いてないわ」
「……そうね。私もそう思ってる」
ラディウは弱々しく微笑んだ。
午後からのアラートシフトに就くため、パイロットスーツに着替えて待機室に向かう途中、勉強会仲間のパウエル・”アーレア”・マンディ少尉に呼び止められた。
「なんです?」
「最近ツキが悪そうだから、リプレーにコレをやるよ」
そう言ってパウエルは直径5センチ程のコインをラディウに渡した。
どこかの観光地のメダルに、パウエルのコールサインの”アーレア”と、”He can who believes he can.”とメッセージが刻印されていた。
「これは?」
「パウエルさんのラッキーコインだ」
「どうして私に?」
怪訝そうな顔で尋ねるラディウを見て、パウエルはニヤリと笑った。
「俺の主観で、ツキが逃げたっぽい奴に渡してる。幸運のお裾分けだ。効果あるぜ」
ツキが逃げた……今の状態の自分は、他人からそういうふうに見えるのかと思い苦笑する。
「一種の験担ぎさ。俺自身のためにやってる。東洋の教えだったかな? 《幸運を得るために徳を積む》ってやつだな」
「なにそれ」
ラディウはフフッと笑みをこぼした。何か色々と混ざっている気がするが、賭け事が好きなパウエルらしい。
久しぶりに笑った気がした。
「ありがとう」
「”信じるものは救われる”ってね。頑張れよ。じゃあな!」
そう言って、後ろ手に手を振ってトイレに消えて行った。
その背中を見送って、ラディウも待機室に向かった。
1日のシフトを終え、部屋に戻りベッドに身を投げ出す。
ルゥリシアにオフィサーズサロンに行こうと誘われたが、疲れていたので断った。
寝転がったときにズボンのポケットにある違和感に中を探ると、パウエルから貰ったコインが出てきた。
改めてよく見ると、表は月の表側を描いたレリーフだ。
「フラントポーチ…月の表側の観光都市だったかな」
裏にはパウエルの例の短いメッセージが刻まれている。
人類史上初めて月に降りたという有名な足跡は、とうの昔に風化しているが、その宇宙飛行士の偉業を讃える記念碑と、都市には記念館がある。
そのコインを頭上にかざして、くるくると弄びながら、観光地のメダル打刻機の前で、大の大人の男がこのコインをせっせと作っている姿を想像したら、少し可笑しくなってきた。
年齢は違うけど、同じタイミングで同じ艦に乗った人たち。最初は色々あったけど、交流するにつれてざっくばらんで、居心地の良い関係を築いている。
―― 一緒に仕事をする仲間……。
「仲間って、いいな……」
そう思って浮かんだ笑みも、ふと、ヴァロージャの顔を思い出したら泡のように弾けて消えた。
ここには彼の「仲間」がいる。
胸が苦しい。
パウエルのコインを握ったまま、パタンと力無く腕を下ろす。
――コンテイジョン現象
「スコットさんから概要を聞いただけだけど、私はなんて事をしてしまったのだろう……」
ルゥリシアのベッドの底を見ながら呟く。
――私が原因だと知ったら、彼は私を嫌うかもしれない。
その不安と恐れが、彼女の頭の中をグルグルと回って深く沈んでいく。
「ヴァロージャ、どうしているだろう……どこまで進んだろう」
”リープカインド”としての訓練だけではなく、訓練の進行度合いや能力値の高さによっては、双方向BMIやコッペリアシステムに対応するための段階的なナノマシンの投与、それに伴う様々な処置もされてるはず。
何より恐ろしいのは、それらの過程を経ている間、被験者が安定状態に至るまでに度々起きる最悪の事態。
これで何人も仲間が姿を消しているのを知っている。2年連続で新しいメンバーが誰も残らなかったこともある。
それらの事を思い起こすだけで、ラディウは弾みかけた心が、ズンと重たくなったのを感じた。
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