第26話 彼女のBad Omen 2

 帰艦後、小隊のデブリーフィングが終わり、ラディウが部屋を出ようとしたところをエルヴィラが呼び止めた。


「……なんでしょうか」


 ラディウは流れる身体を近くのグリップに足を引っ掛けて止め、エルヴィラに向き合う。


「ちゃんと眠れている? 酷い顔をしているわよ?」


 彼女は平静を装っているつもりだったが、エルヴィラにはお見通しだったようだ。


「ルゥリシアも心配してる。最近、何か様子がおかしいって」


 ラディウはみんな良く見ているなと思い、一旦エルヴィラから目を逸らすが、すぐに思い直して再び彼女と目を合わせると、不安を胸に口を開いた。


「……私を任務から外すのですか?」


 微かに声が震える。


「それは私の一存だけじゃ決められない」


 硬い表情のラディウを見て、エルヴィラは手近のバーに掴まった。


「あなたが大人と同じ事を、平気でこなすから忘れていたのだけど、あなたはまだ17歳で身体も出来上がっていない。だから他のパイロットより疲れやすいと思うの。配慮が足りなかったわ。念の為に今からメディカルチェックを受けてきなさい」


 ラディウは胃がギュッと重くなる感じがしたが、努めて明るく振る舞おうと意識する。


「これでも、きちんとトレーニングして鍛えてますよ?」


 そう言って彼女は笑顔をつくるが、上手くできている自信がない。


「あなたの特性を含め、慣れない環境でのオーバーワークを心配しているの。担当医官に話しをしておくから、着替えたら直ぐに行ってきなさい。命令です」

「……はい」


 ラディウは泣きたくなる気持ちを抑えて返事をする。


「以上よ。お疲れ様」

「はい。失礼します」


 ラディウは一礼すると、ブリーフィングルームを出ていった。


 この状態が良くないことは、ラディウ自身が一番よくわかっている。医師の診断によっては飛行禁止を言い渡されるかもしれないので、できることなら医療部になんて行きたくなかった。


 しかし目の前でエルヴィラが医療部に連絡を取り出したため、無視をする事ができず、彼女は諦めて制服に着替えてから医官の元へ足を運んだ。


 幸いなことに、ラボから派遣されているDr.スーザン・ポートマンは彼女を診察すると、少し疲れているのだろうと、明日は1日休むようにと指示すると、薬を処方して彼女を解放した。


 ラディウは恐れていた飛行禁止にならなかった事に、ホッと胸を撫で下ろした。






 消灯時間までの間、ルゥリシアは自分の机で勉強をし、ラディウは下の段のベッドに座って報告書の下書きを作っていた。


「ねぇ、ルゥリシア」


 ふと手を止めてルゥリシアの背中に呼びかける。


「ん? 何?」

「……前に話してた、同期のロバーツ少尉ってどんな人?」


 ルゥリシアは顔を上げてラディウの方を振り返る。


「ヴァロージャのこと? そうねぇ。優秀で面白い人よ。よくステファンと絡んでたなぁ」


 椅子の背もたれに肘を置き、頬杖をついて懐かしそうに言う。


「新しいことに挑戦するのが大好きで、彼の前向きさには救われた。良いやつよ。機会があれば紹介したい」


 そう言って笑う。


「今でも連絡を取り合うの?」

「うん、するよ。卒業して離れてるから会ってないけど、お互い宇宙だからもっぱら近況を伝えるメールかな」


 そう言って、机上のマニュアルに向き直る。


「士官学校の同期って特別?」

「そうね、同じコースでなんだかんだと4年間ずっと一緒にいて、苦楽を共にしてるからね」


 ノートにメモを取りながら、彼女は答える。


「……色々とごめんなさい」


 唐突だった。


 ルゥリシアは不思議そうな顔をして振り返る。


「うん? 何のこと?」

「ここ数日と……これからのこと」


 ルゥリシアはブッと吹き出した。


「これから? 面白い言い回しをするのね。何にも気にしてないし大丈夫よ。それより医務室で薬もらってきたんでしょ? 疲れてるんだし、それ飲んで今日は早く寝ちゃいな」

「うん、そうする」


 ラディウは立ち上がるとタブレットを片付け、渡された薬を袋から出すと、それを見てため息をついた。


 よくラボでも渡される見慣れたそれは、飛行禁止ではないが、明日は飛ばさないつもりだと暗に告げている。


 諦めと一緒にそれを水で流し込み、自分のベッドに潜り込んだ。


 ここ数日、あまり眠れていないのは事実だ。


「明日、起床時間に起きれないかも知れないけど、気にしないで」

「了解。あなたは明日はお休みだもん。ゆっくり寝てな。おやすみ」

「おやすみなさい」


 ラディウはロールカーテンを引き下ろした。

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