第23話 彼らは彼のお友達
ラディウはティーズと別れたその足で、”ダーティーシャツ”に立ち寄った。
結局、ウィザーとデシーカに挟まれた緊張で、魚料理以降は殆ど食べられず、物足りないため軽食のサンドイッチでも貰って部屋に戻るつもりだった。
久しぶりにティーズと食事をするのは、とても嬉しかったし楽しみでもあった。報告したいことも沢山あった。それなのに、今日は話したいことは殆ど話せず、今はフライトの終わり以上に疲れ切っている。
サンドイッチが並ぶトレイを前に、ローストビーフにするかロースハムにするか悩んでいると、「ラディウー!」と名前を呼ばれて顔を上げた。
奥のテーブルでルゥリシアが手を振り、ジェニファーが振り返ってこちらを見ている。
ラディウも手を挙げて応じると、タマゴサンドとハムサンドの二つを取って、彼女らのいるテーブルに近づいた。
「艦長と戦隊長に挟まれて、すごい絵面だったわ」
「ルゥリシア、向こうに居たのなら、声をかけてくれたらいいのに……」
そう口を尖らせるラディウを見て、ルゥリシアはおおらかに笑う。
「あの
ラディウは部屋に戻らずここで食べる事に決めた。サンドイッチの皿をテーブルに置くと、ドリンクバーから暖かいミルクティーを持ってきて話の輪に加わる。
小隊は違うが、ジェニファーとルゥリシアは同期で友人同士だ。ラディウもルゥリシアを通じてジェニファーと仲良くなった。
「食べ足りないの?」
「違う。緊張で食べられなかった」
今度はそれを聞いたジェニファーが大笑いする
「あなたでも緊張するんだ!」
「しますよぅ。人をなんだと思ってるんです」
紅茶を飲んで喉を潤してから、ハムのサンドイッチにかぶりつく。
肉厚のロースハムとシャキシャキしたレタスの美味しいサンドイッチだ。
「艦長にもっと食べなさいって言われたけど、あのシチュエーションじゃ無理。食べたくても食べられない」
それを聞いたジェニファーがさらに笑い転げる。
「上官3人に、ああも囲まれていてはねぇ」
そう言って目尻に浮かぶ涙を拭う。
「幹部士官は別の部屋で食べるんだけど、今日はたまたまこっちに降りてくる日だったってことね」
そういうことを知っていて、ティーズが誘ったんじゃないかと、ラディウは疑心暗鬼になってきた。
「途中から味なんて覚えてない。もうやだ。ティーズ大尉とは行かない」
「じゃあ、俺と行くか?」
後ろからぬぅとステファンが現れる。
「もっと嫌だ!」
「相変わらず、可愛げがないなぁ」
そう言ってラディウの頭をクシャっと撫でてジェニファーの隣にドカッと座る。
「もう"
乱された髪を手櫛で直しながら抗議するが、ステファンは気にせずケラケラ笑っている。
「本当にあんたのコールサインと、行動が一致してて笑っちゃうわ。誰よその名前つけたの」
「最初に言い出したのは確か……ヴァロージャだったかな、確か4年生の頃だ。気に入ってるから、コールサインをこれにしたんだ」
思いもよらない名前が出てきて、ラディウは思わずゲフッと咽せる。
「大丈夫?」
ルゥリシアがトントンと背中を叩いてくれる。ラディウはナプキンで口を押さえて、コクコク頷く。
「そう言えば彼、いなかったわね」
ジェニファーはテーブルの上のナッツを摘む。
「そうね、今回は全体的に若手が多いから、彼ならいるんじゃないかと思ったけど」
ルゥリシアは咳き込むラディウの背中をトントン叩いてやりながら言う。
ラディウは片手をあげて「もう大丈夫」と伝える。
「あいつ今、どこだっけ?」
「フォルルのツイビニーンだったかしら?」
彼らの話しを聞きながら、ラディウは胃のあたりがどんよりと重くなるのを感じた。
知らなかった。彼らはヴァロージャの同期だったのだ。この口ぶりからすると、親しかったのだろう。
彼らは今、ヴァロージャがラボにいることを知らない。ラディウはそれを知っていても口に出せない。
もしかしたら、あの件が無ければ彼がここにいたのかもしれない。
――ヴァロージャはあの日、割り切った顔をしていたけど、本当はこの輪の中にいて……
そう思った途端に、食欲は一気に失せた。
後から食べるつもりの大好きなタマゴサンドは、もう食べられそうになかった。
「ステファン、よかったらこれ食べて」
手付かずのタマゴサンドが乗った皿を、ついっとステファンに渡す。
「おう、ありがとう。どうしたんだ? もういいのか?」
ステファンは遠慮なくタマゴサンドにかぶりつく。
「うん、ちょっと用事を思い出した……ごめんなさい!」
そう言って立ち上がると、足早に士官食堂を後にした。
ヴァロージャとルゥリシア達が同期で友人だと知ったことは、少なからずラディウの気持ちに動揺を与えた。
一度は心の奥底に沈めた彼に対する罪悪感が、再びむくりと頭をもたげる。
彼とゆっくり話せたのは、居住フロアのラウンジで話しをした、あの日だけだった。
その後はラディウも自分の準備や仕事で忙しかったし、訓練に入ったヴァロージャとも朝食の席で挨拶を交わすぐらいで、それ以上の会話をする時間の余裕がお互いに無かった。
そのせいか、ネガティブな事ばかりを想像してしまう悪循環に陥りかけていることを、ラディウは自覚している。
これはこれ、それはそれと気持ちを区別するようにしているが、今回はそれがうまくできない。自分でも呆れるほど驚いている。
ラボの工廠でメリナにそれを指摘されたというのに、
ティーズには仕事中、特に飛行任務中は頭を切り替えるようにと教えられてきたが、その切り替えさえもうまく行かないまま、この日彼女は宙域を巡回する哨戒任務についていた。
左前方斜めを飛ぶトルキー機のフォーメーションライトをぼんやりと見つめる。
「まさか、ルゥリシア達がヴァロージャの友達だなんて思いもしなかった……私、彼のことをみんなに隠し通せるのかな」
<ディジニ>にしか聞こえない独り言を呟く。こんな状況は初めてだ。自信がない。
『”エルアー”、こちら”アグーダ”。どう? そちらで何か拾える?』
何度目かのため息をついた時にエルヴィラが状況確認の通信を入れてきた。
『”エルアー”? 聞こえてる?』
一瞬遅れて反応する。完全に考え事をしていた。急いで観測データや周囲を確認する。
「え? あ、はい。こちら”エルアー”……特に異常はありません」
『……了解。”エルアー”、ぼんやりいていてはダメよ。”アグーダ”より全機。次のセクターへ向かいます』
エルヴィラは機体を緩やかに傾けて、4機が旋回して宙域を離脱していく。
バレてる……ラディウは先頭を進むエルヴィラ機をみつめた。
「ダメダメ。集中しなきゃ。通常任務だって評価がつくんだから」
ラディウは自分に言い聞かせるように呟くと、トルキーの後を追った。
高評価を維持して、自分とディジニの運用試験をクリアする。自分の有用性を示して、ロージレイザァの正規パイロットとして招集される事。今はそれが目標。
アーストルダムにいるより、たくさん宇宙を飛んでいられるこの環境は、手放したくない。
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