第22話 彼と彼女のMess Hall

 ラディウは”ダーティーシャツ”の士官食堂の方が気楽で好きだった。


 ラボできっちり管理された食事より、ここでは好きなものを好きな量だけ選べるので、ロージレイザァに乗ってから、ずっと3食ここで食べている。


 ルゥリシア達とお喋りしながら食べるのは楽しいし、何よりヘトヘトに疲れている時に、きちんと着替えなくてもすぐにご飯が食べられるのは素晴らしい。


 しかし今、彼女は”クリーンシャツ”の前にいた。


「君がこちらに寄りつかないのは知っている。ここでは食事の作法も訓練だ。一緒に来なさい」


 食事に誘われここまで一緒に来て、いまさら断ることもできずに、ティーズに連れられて室内に入った。


 4人から5人が座れる丸いテーブルがゆったりとしたスペースに点在し、伝統的なネイビーブルーのクロスにナプキンと、ピカピカに磨き上げられたカトラリーが並んでいる。食事はスチュワード給仕にサーブされ、まるで格調高いレストランだ。


 まだ混雑していないので、適当な席にティーズと向かい合って座る。


 アルコールの提供はないがノンアルコール飲料が用意されている。メニューは日によって異なるが、ディナータイムにこの部屋で供されるのはコース料理であることが多い。


「大尉は”ダーティーシャツ”は利用されないんですか?」


 艦内でのティーズは、いつも身だしなみを整えて現れる。ラフなスタイルと言っても、大抵アンダースーツにフライトジャケットを羽織った程度だ。


 トレーニングウェアや普段着姿のティーズが、あそこDirty shirtでトレイ片手に料理を物色して歩いている姿が、ラディウには想像できなかった。


「利用頻度は半々ぐらいだ。君が気づいていないだけだよ」


 ラディウは質問の選択に失敗したと思いながら、サーブされた微炭酸水に口をつける。


「アスターナ大尉に任せきりであまり見れていないが、仕事の方はどうだ?」

「はい。特に問題はありません。今までにない経験ができて、感謝してます」


 オードブルが供される。


「色々ありましたが、今は戦隊の他の少尉達とも仲良くやれていると思います」


 ティーズがカトラリーを手にするのを待ってからラディウも食器を手にする。


「あぁ、楽しそうに仕事やレクに参加しているのを見ている。君のプラスになっているのなら、私が特段口を挟むような事はないよ」


 ティーズの言葉に、ラディウは嬉しそうに微笑する。


「このまま最後まで良い成績を維持できれば、軍やラボに対する私の責任が果たせます」

 

 ティーズはそんなラディウの発言に、おや?という顔をしたが、彼女が興味深げに彩り鮮やかなオードブルの皿を眺め、そっと夏野菜のテリーヌにナイフをいれる姿を見て、自分の思い過ごしだろうと思った。


「評価を気にするなんて。君にしては珍しいな」

「意識して仕事をする方が、良い結果が出せているように感じました」

「それでいつもより張り切っているのか」

「はい。戦隊に加わって飛べるのがとても楽しくて」


 心底嬉しそうにそう話し、テリーヌを口に運ぶ。


「ところで、ここを使わない理由があるのか? 他の艦でも”クリーンシャツ”で食事をした事があるだろう?」


 ラディウは少し困ったようにテーブルの上に並ぶ銀のカトラリーを見つめ、やがておずおずと口を開いた。


「大尉や技術士官の人たちと一緒の時でしか利用したことがないです。ここに1人で来るのは、私にはまだハードルが高いです」


 年上の同僚と本気で喧嘩をしたり、特殊な機体を易々と扱う割に、少女らしい怖気付き方をする。


「では、私に声をかけるか、ほかの隊員と誘いあってくれば良い。仲の良い者もいるのだろう?」

「それは……はい」

「毎食とは言わない。ここは、朝とランチならビュッフェスタイルだ。それなら君も1人で入りやすいだろう。最低でも週に3回。いいな?」

「……はい」


 ラディウは渋々と頷き、やがて皿が空くとすぐにスープが運ばれてくる。


「おや、珍しい組み合わせだな」


 デシーカ中佐が声をかけてきた。


「こんばんは中佐」


 ティーズが手を止めて見上げる。


「こんばんは。一緒にかまわないかな?」

「もちろん、どうぞ」


 デシーカは空いてる席に座ると、すぐに給仕がソフトドリンクのリストを持ってきた。彼はノンアルコールの白ワインをオーダーする。


「少尉、あれからどうだ? 不当に絡まれているなら対応するが?」


 先日の"ラスカル"との件だろう。事の顛末は、あの後でルゥリシア達から聞いた。


 ラディウは食事の手を止めて、両手を膝の上に置く。


「ご配慮ありがとうございます。ゼルニケ少尉との個人的な問題は解決したと認識しています」

「それは良かった。困った事があれば報告……いや、相談しなさい」

「はい。ありがとうございます」

「ところで、この間サロンで見かけた時に、ダーツで遊んでいたな。好きなのか?」


 数日前に仕事が終わった後、ルゥリシアに誘われて顔を出した時だろう。皆と遊ぶ事に夢中で、そこに誰がいるかなんて考えてもいなかった。


オーダバーシトルキー中尉に教わって、初めて挑戦しました。面白かったです」

「そうか、ちょうど入門用の物が手元にあるから1セット譲ろう。続けられそうなら、ラベルにもう少し良いのを買ってもらえ」


 チラリとティーズを見ると、彼は優しげに頷く。


「ありがとうございます」

「いつか艦内イベントで君と対戦できるのが楽しみだ」

「中佐は強いぞ。今のうちに色々教えてもらいなさい」

「はい」


 さて、スープの続きを……と思ったら、今度は艦長のアルバート・ウィザー大佐が現れた。


「同席してもいいかな?」

「どうぞ、艦長」


 デシーカが勧める。


 ラディウもにこやかに挨拶をし、涼しい顔をして礼儀正しく座っているが、目は訴えるようにティーズを見ている。


 ティーズは口の端を上げてニヤリと笑い、それを見てラディウはなんとなく察した。


 ここでの食事は同僚や上官とのコミュニケーションだけではなく、他部署の士官との交流の場の一つなのではないかと。


「リプレー少尉だったな? スコアは見ている。いい腕をしているようだ」

「ありがとうございます。私たちの研究開発が軍に貢献できているなら、光栄です」


 給仕にメニューを返してから、ウィザーは隣に座る少女の顔をみた。


「初めての艦隊生活だと聞いているが、どうだ? 困っている事はないか?」


 すぐにステファンとの件が頭に浮かび、あの件が艦長にまで知れ渡っている事に冷や汗が出てきたが、笑顔で切り抜ける。


「はい。ルームメイトや飛行隊の先輩方にご指導いただき、陸上勤務とは違う経験を積めることに感謝しています」


 ここから話しをつなげ広げることができれば良いのだろうが、今の彼女にそんな余裕は全くなかった。


 ヴィザは目に見えて緊張するラディウに思わずククッと笑い、穏やかな眼差を向けた。


「そんなに緊張しなくて良い。上官との会話も少しずつ慣れていきなさい」

「はい……」


 平静を装っていたつもりだったがそれをあっさりと見破られ、ラディウは少し恥ずかしくなり頬を赤く染めてうつむいた。


「かえって安心したよ。試験機を操る機付きだから、どんな人物かと思ったが、至って普通の女の子だ」


 そう言ってウィザーは朗らかに笑う。


「君の事はクルーリストを見てから気になっていた。一度ゆっくり話しをしてみたかったが、こちらに来ないようだからな。今日はタイミングが良かったようだ」

「はい……」


 そもそもラディウは知らない上役と同席するのに慣れていない。


 一番お世話になっている練習艦の艦長や、巡洋艦ディビリニーンの艦長は、それこそ正式に任官される前から、実験や訓練などで馴染んでいるのでここまで緊張はしない。


 これはそう、完全に場に呑まれてるのと人見知りだ。


 大人たちの会話を黙って聞き、時々振られる質問に答えて、彼女はなんとかその日の夕食を終えた。

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