第21話 8月11日 会議室 2

 それにしても、Aグループの上位研究者ごと引き抜かれていたことに、スミスは今更ながら驚いた。


 彼が読み進める研究者のリストには、親しくしていた仲間も何人か含まれていた。


 そのうちの一人に目が止まる。


「イサベラ・ロセアンはここにいたのか……」


「事件の半年後に失踪した研究者だったな。サウストルダムで突然足取りが消えたが、防犯カメラに何者かに拉致される映像が残っていた」


 その時の事を、スミスはとてもよく覚えている。


 彼女は事件当日は体調不良で休みをとっていた。そして失踪時はグループ解散に伴う異動前の休暇で帰省中、実家近くで姿を消したと聞いている。


「彼女の専門はアルゴリズムだ。Dr.ヤロシェンコが開発していたウィリシステムの根幹に関わっていたからか……」


 スミスはそう言って額に手をやり逡巡する。やがて顔を上げて、情報部の2人に1番気がかりな事を尋ねた。


「……彼女は生きているのか?」


 彼の声がわずかに声が震える。


「それは確認できていない」


 マクロゴルが答える。スミスは「そうか…」と呟くと深く息をつき、続けて被験者のリストを確認しはじめた。


 こちらのリストは個々の細かいパラメーターの他、実験データ、現在の状態などが記載されていたが、その内容は職業上仕事がら慣れているスミスやウィオラでも、顔を顰める内容のものが多々あった。


 失踪時は10名ほど居たはずの当時Aグループの被験者が、半数以上消えていた。大方ヤロシェンコに使い潰されたのだろうと思い、スミスは嘆息する。


「私が知っているのは、ヨアキム・ニスカネン、シルヴィア・ボルマンとフレデリク・ケロールだ。後は恐らくセクション5に渡ってからのメンバーだろう」


 そう言いながらリストにチェックを入れて、スクラートに戻した。


「彼らがインテグリッドの庇護の下、ユモミリーに属したのなら、彼女が持ち出した”ウィリシステム”の熟成が進んでいる可能性がある。その辺りの情報はありませんか?」


 スミスがスクラートに尋ねると、彼は大きく頷いた。


「これらのデータを提供してくれた協力者によると、制御AIの”ミルタ”が完成して実戦運用の試験を始めているとのことだ」

「あれはコッペリアとは比にならない、かなり強い強制力でリープカインドを生体ユニットとして扱うシステムだ。運用する機体と共に実用化しているなら、厄介な相手になる」


 スミスが大きく息を吐く。開発当時からあのシステムは、リープカインドにかかる負荷が相当なものであることは指摘されていた。


「ヤロシェンコは彼らを使い潰すつもりなのか?」


 スミスが険しい表情で、スクラートの手元にある被験者リストを見つめる。


「もし彼女が提唱していた、リープカインドのコンテイジョン現象を利用して、覚醒させる方法を確立させている場合、こちらよりも使を揃えている可能性があります」


 ウィオラがそう言って腕を組んで嘆息する。ヤロシェンコ側がリープカインドを何人抱えているかはまだ不明だ。


 元々彼らの多くは戦闘行為に向いていない。実戦に対応できる者達にしても丁寧なケアが必要だ。彼女の掲げていた方針を顧みるに、リープカインドの弱点である繊細な精神面を、徹底的に強化していれば話は別だが、今度は強すぎる処置は彼らの人間性や身体を損なうことになる。これは諸刃の剣だ。


 現在のアーストルダムラボでFAでリープカインドのパイロットは14人程度。その内の二人がラディウとトムの”コッペリア使い”で、残りはスコットのような双方向型BMI機に対応している者だ。彼らは一般のパイロットと比べると対リープカインド戦に慣れていると言えるが、それは敵も同じだ。


「その件に関して、情報提供者によるとコンテイジョン現象を利用しても、思うような人数は集められていないそうだ。そのためラボと同じように、遺伝子操作で育成する試みを行なうらしいが、当然これは時間がかかる。しかし将来的な脅威にはなりうる」

「随分と向こうの内実に詳しい協力者ですね。もしかして、元Aグループの誰かですか?」


 スミスはそう言ってスクラートを見るが、彼は曖昧に笑った。それは「答えないよ」という意思表示だった。


「この被験者のデータと、情報部が入手したウィリシステムに関する全データを、ラボに開示していただけますか?」


 ウィオラが尋ねると、スクラートは快く承諾した。


「それはもちろん。むしろ解析を依頼したいと思っている。後ほど情報部の秘匿回線で送る。それと現在Bグループにいる18から19期と24期の者。中でももう一度の話を聞きたい」


 リープカインドを管理しているのはラボだ。彼らを勝手に呼び出す事はできない。話を聞くには責任者であるウィオラの許可が必要だ。


「……レーン・エルマンと、トーマス・ヘンウッド、ラディウ・リプレーですか?」


 スクラートは頷いた。

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