第24話 彼と彼女のディスカッション

 食堂でトルキーに紹介されてから、スコットは何かとラディウを気にかけて、お互いよく話すようになった。


 彼にとってラディウは、ある意味同郷から出てきた後輩のようなものだ。


 ラディウもまた、同じグループの先輩としてスコットを頼り信頼した。


 何より同じグループ出身同士でしか通じ合わない話しが出来ることもあり、時間が合えば様々な話をした。時にはメリナを交えて技術的な意見交換も行う。


 先輩パイロット、軍人として知識も経験もあるスコットとの関わりは、狭い世界しか知らないラディウにとって、とても良い刺激になった。


 今日はメリナと一緒に、彼のメテルキシィに積まれている、改修された基幹リンクシステムと、新しく搭載したレーダーシステムの意見交換をしていた。



「これ凄いわ。以前のやつより範囲が広いし捕まえやすくなった」


 これはラディウが以前からメリナと手掛けていた仕事の一つだった。それを実際に運用しているパイロットに評価されるのは素直に嬉しい。


「よかった。頑張った甲斐がありました」

「グループ抜けてるのに優先的に回してもらえて有難いけどね。Hi-EJPでこちらの目を潰されているときには、役にたつよなこれ」


 スコットはレーダー範囲を切り替えて操作をする。


「何より開発パイロットに直接話しを聞けるのは助かるよ」

「開発に関わっているのは別のメンバーです。私は外で試験してるだけ」

「その実際の意見が大事なのさ」


 スコットの言葉に、ラディウは少し照れ臭くて恥ずかしくなる。


「ディジニは特殊過ぎるから、スコットさんの実戦データの方が、ラボの役に立っていると思いますよ」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ」


 スコットはそう言って作業のチェックリストを確認する。


「あぁそうだ。話し変わるけど、メリナさん、コッペリアと他機のリンクってできる?」


「この場合の他機ってスコット君の?」


 メリナは作業着の脚ポケットから飲み物のパックを取り出して、それを開けながら尋ねた。


「うん。例えば私が拾った情報を、システムを介して他機のリープカインドに直接伝えることができれば、言語化される時間がなくなる分、反応や対応が早くなるんじゃないか? って」

「なるほど。面白いアイディアね」


 ラディウはタブレットを操作してディジニとの会話モードを立ち上げる。


 これで<ディジニ>の声が二人にも聞こえる。


「<ディジニ>、コッペリアと他機リンクシステムとの連携は可能?」


『不可能です』


「コッペリアシステムの搭載が必要ということ?」


『Yes Ma’am』


「スコットさん、コッペリアシステム必須だって」


 ラディウはシートに座るスコットを見ると、彼は苦笑する。


「マジか、フルスペックは使えないぞ」

「今、機能制限版のテストをしているわよ。実戦運用のテストパイロットを探すそうだから、Dr.ウィオラに推薦しておいてあげる」


 メリナがタブレットを操作しながら告げる。


「必要スキル値で落とされるから、推薦するだけ無駄無駄」

「そうかしら? スコット君はコッペリアにリンクできるし、直近の検査結果や、システムの仕様を見ているといけそうだけど?」



 スコットは「俺は第一段階の接続でギブしたんだけど」と言って首を振る。


「俺はこうして船乗りしているのがちょうど良いんだ。陸に縛られるのは勘弁して欲しいね」

「あなたがいた頃より、かなり進歩してるのよ? 一度試してみたら?」


 メリナはかなり乗り気で誘ってくるが、スコットは「遠慮しとくよ」と言って苦笑する。


「そういえば、機能制限版はジャックがテストしてましたね。<ディジニ>、コッペリアのグレードが違ってもコッペリア同士の連携ってできるの?」


『理論上は可能です』


「じゃあ、そこにパイロットとの連携……ハートネット中尉をパイロットとして仮定を加えたら?」


『パイロットへのフィードバック量が増えるので現時点では非推奨』


「それは、私側の情報が中尉に負荷をかける可能性ってこと?」


『Yes Ma’am』


「そんなに情報量が多いのか?」


 スコットはコクピット外側に浮いているラディウを見上げる。


「自覚したことないからわからない。頭の中にイメージがいっぱい広がるから、取捨選択は忙しいかも」

「ヤバイな、フルスペック」

「リープカインドの連携で索敵情報とか直接共有できれば良いって思ったんだけどなぁ」


 ラディウは思いつきをメモしながら呟く。


「今だとどうしてるんだ?」

「普通の早期警戒と同じよ。<ディジニ>に言って各機と哨戒機、母艦に位置情報とかのデータ送信してる。でも電子戦下、それもHi-EJP下になると、最適化してもダメね」


ラディウはそう言って肩をすくめる。


「アイディアは悪くないし、そういう検討も出ているのよ」


 メリナは作業をしながらラディウの意見を拾う。


「個々の差がありすぎって言うこと?」

「そうね。同等程度の相手同士ならどうかしら……」


 メリナは作業の手を止めて、顔をあげた。


「<ディジニ>、例えば私と<ディジニ>、トムと<イフリーティ>との組み合わせなら、連携可能?」


『可能です。ただし双方のオーバーロードに注意』


 3人が「おっと…」と顔を見合わせる。


「なかなか条件が厳しいわね」

「後がシンドそうだし、何よりリスクが大きそう」


「今後の研究課題か?」


 スコットがメリナを見る。


「そうね。でもあなた達を損耗させるわけにはいかないから、今すぐ実現可能という話しではないわよ」


 メリナがメモを書きつけていると、彼女の手首の端末がアラームを鳴らした。手を止めてスケジュールを確認する。


「あら、ごめんなさい。ミーティングに行かなきゃ。スコット君、続きは戻ってから私がやるから、待たずに上がってもらって大丈夫よ。それじゃあ」


 メリナは反動をつけてスコットの機体を蹴ると、斜め上のキャットウォークを目指して流れていった。


 残った2人は「いってらっしゃい」と手を振る。


「1ヶ月前の作戦で起きた現象が、他機と再現できると良いなって思ったけどなぁ」

「何が起きたんだ?」


 ラディウはラス・エステラルを脱出し、謎のFAに追いかけられた時に起きたリミッター解除後の体験を話した。


「人と人がつながる感じというか、とにかく広がりがすごいの」


 話しをするうちに、スコットの表情がどんどん厳しくなっていく。


「それ、典型的なコンテイジョン現象じゃないか、お前とその相手よく無事だったな」

「コンティ……なにそれ?」


 ラディウは不思議そうに首を傾げる。


「え? コンテイジョン現象知らないのか?」

「知らない」

「今の子は説明を受けていないのか? いいか、コンテイジョン現象って言うのはな……」


 スコットの説明を聞くうちに、今度はラディウの顔がみるみる青ざめていった。


 ヴァロージャがリープカインドに認定されたのは、ヴァロージャがラボの機材を使ったことの事後検査で、無自覚のリープカインド隠者としてラボに見出されたのだと考えていた。


 でも実際は、その際に発生していたと思われるコンテイジョン現象が、ヴァロージャの眠れる力を覚醒させたのだとしたら……またその現象が起きている時に、彼自身を危うくさせていたのだとしたら……ラディウは胸の鼓動が早くなるのを感じた。


 帰還後に受けた定期検査並の検査の数々も、スコットの話を聞くと納得がいく。


「おい、大丈夫か?」


 スコットの声が遠い。


 ――いつ? どの瞬間?


 必死で記憶を手繰り寄せる。


 ――あの、ヴァロージャと繋がったと感じた。あの時?


「どうしよう私……」

「は?」


 震える声でつぶやくラディウを、スコットが怪訝そうに見上げた。


「私だ。彼を覚醒させてラボに繋いだの私が原因だ」

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