第17話 彼と彼女の夜

 深夜にふと目が覚めて、ラディウはそっと起き上がった。


 1人で眠るキングサイズのベッドは、隅っこで寝ていても、広すぎて落ち着かない。


 天井の火災報知器が放つ、小さな緑色のパイロットランプの僅かな光が、うっすらと室内の様子を浮かび上がらせる。


 部屋の窓際に据えられた、1台のエキストラベッドに目をやる。そこにはこちらに背を向けて、しっかりと毛布を被って眠るオサダの、こんもりとした後ろ姿が見えた。


 ラディウはじっと目を凝らし、彼の寝息と黒い影が、規則正しく動いているのを確認すると、そっとベッドから滑り降りる。そしてできるだけ物音を立てないようにリビングに出た。


 リビングルームはルームランプが一つだけ灯されて、夜中に起き出して来る者を迎え入れる。


 おかげで不慣れな室内を手探りで進む必要はなく、ラディウはキッチンに行って水を1杯飲むと、寝室には戻らずに居間のソファに座り、膝を抱えてうずくまった。


「ラグナスの人たち、完全に巻き込んじゃったな……今日、ユキさんにも謝らないと……」


 それにヴァロージャもだ。ティーズがラボの端末を貸し与えた。本当にそれしか無かったのかわからないが、自分と関わった事で彼のキャリアに影響を与えない事を願うばかりだ。


 全て自分の杞憂で終わればいい。


 そう思い膝の間に顔を埋める。しばらくすると背後からカチャリと静かにドアの開く音がした。顔を上げて振り返ると、寝室からのっそりとオサダが出てきた。


 彼もまた、ラディウと同じようにキッチンで水を飲んでからひと息つき、ソファでうずくまるラディウの隣に座ると、小さな声で「どうした?」と尋ねた。


「ちょっと考え事……起こしてごめんなさい」

「そうか……」


 オサダはラボがラディウにつけた、軍警備隊Security force所属の護衛官だ。普段は任務や規則に忠実で厳しく、怒らせると怖い。


 さらに普段からむっつりとした表情も相まって無愛想な男に見えるが、昔からラディウが困っている時や挫けている時に黙って側にいたり、アドバイスをくれたりする優しい人だということを、ラディウは知っているしそんな彼を信頼している。


「作戦の事か?」

「それだけじゃないけど……ラボと大尉はこの作戦を利用して、ヴァロージャのデータを取ろうとしてる……」


 それでもし、彼がラボに見出されたとしたら、彼が築いてきたキャリアも思い描く未来も、大きく変わることになってしまう。


 ラディウは何よりそれを恐れていた。ラボに関わるとロクな事がないと、彼女は自身の経験でそう思っている。


 気に病むラディウに対して、オサダは楽観的だった。


「大尉が貸したラボのタクティカル端末の事か? 考えすぎだろう」


 ラディウは抱えた膝に額を乗せる。


「……それならいいけど」


 内に秘めた罪悪感を表に出さないように、小さくなる。


 オサダはこうして起き出して気遣ってくれるが、彼からすれば、自分が外にいる時は常に仕事中である事に、ラディウは気がついた。


 自分がここにいる限り、彼も一緒にこの場に居続けるだろう。彼はそう言う人だ。それは明日の彼の仕事に響くかもしれない。


「ごめんなさい……ダメだなぁ私」


 ラディウは弱々しく苦笑すると、オサダはそっと肩を抱き、慰めるようにポンポンと2回叩いた。


「他の者を起こしてしまう。寝室に戻るぞ」


 オサダの囁きに、ラディウは黙って頷いた。

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