第16話 彼女の所属と彼女の上官 3

 ラディウはセンターテーブルの上に、人数分のコーヒーを載せたトレイを置き、マドラーと砂糖、ミルクのポットを添える。


 自分の分のコーヒーを手にしてミルクを注ぎ、すみのスツールに腰をおろそうとした時、背後に立ったオサダに「お前はあっち」と、ヴァロージャが座っているモニター正面のソファに座るよう指示された。


「作戦のメインだろう? 正面に座れ」


 追い立てられるようにヴァロージャの隣に座りなおす。

 

 ティーズはひとりがけのソファにゆったりと座って脚を組み、全員が落ち着くのを待っている。

 

 程なくして用意が整うと、壁の大きなモニターに宙域図が表示されてミーティングが始まった。


 作戦計画のスケジュール確認、離脱ポイント、合流ポイント、無線のチャンネル、緊急時の手順などを確認する。


「会場の試乗コースを利用して離脱する。その際にドラゴンランサーはトランスポンダーオフ、牽引するドローンのトランスポンダーをドラゴンランサーのものにして、ラグナス1に戻す」


 なるほど……とヴァロージャは呟く。


「単純だけど、会場管制を上手く欺けば、俺たちが消えた事は気づかない」


 オーガナイザー主催者に残る管制の記録は、ドラゴンランサーが試乗に行き、母船に帰ったところまでしか残らない。上手い手だとヴァロージャは思った。


「そんなにここの管制は緩いの?」

「レースのエリアは閉鎖宙域だから、一般の船は通過しない。通常の管制外なんだ。でも関係者や競技機体の動きがあるから、ここではオーガナイザーが管制するんだよ」

「ふぅん……」


 ラディウは知らない事ばかりだなと思いながら、ティーズに質問する。


「大尉、ドローンのコントロールはどうするんですか?」

「そこはラグナス側で行うことが決まっている」

「了解」


 自分用に渡されたタブレット画面にメモを書き込んでいく。あとで左腕の端末と同期させる。


「一番の懸念事項は、ここの港湾警備隊に発見・追跡されることだ。セクション1の管理宙域内に我々は入れない。そのため公宙域上での合流になる」


 モニターの画面が切り替わる。


「回収ポイントはこの座標。私とドハティ中尉が待機する。そこまではなんとか独力で脱出して欲しい」


 2機のFAが境界ギリギリに居ては目立つため、少し離れた位置で待機する計画だった。


 港湾警備隊の巡回機は、ドラゴンランサー2という、ドラゴンランサーの後継の小型艇だ。改造されたスミスのドラゴンランサーの方が数値上の性能を上回るが、武装の有無だけではなく、機体の制御や火器管制を行うBMIの有無は大きい。


 次の懸念事項はこのコロニー防衛軍のFAだ。


「1世代前のファイヤーストーム系か、現行のメテルキシィE1が出てくる可能性がある」


 画面に追跡に来る可能性がある機体の3Dモデルとスペックなどが表示される。


「これらをドラゴンランサーでまともにやりあうことは難しい。ただし、コロニーの港湾警備隊や軍は、領域外までは追いかけてこない」


 追いかけて攻撃をしようとするのは、ドラゴンランサーを何が何でも捕獲をしたい勢力だろうとティーズは考えていた。


 ヴァロージャが腕の良いパイロットだというのは、彼の経歴を調べて把握している。賭けのような作戦だが、成功させる8割は事前準備だ。リスクを承知の上で、今やれる最善を尽くす。


「そこでだ。ラディウ、リミッターの件は了承した」


 ラディウは顔を上げて頷く。


「先日テストしたリンクシステムのユニットを、レーダーユニットとセットでドラゴンランサー に組み込む。すでにユニットと一緒にメカニックをラグナスに派遣している。その後の調整はDr.シュミットに依頼してある。指示に従え」

「了解」

 

 この短時間で段取りを整える、さすがティーズ大尉は手際がいいなと、ラディウは心から感服する。


「外すしにしても、これで少しは負担とリスクが減るだろうと、Dr.ウィオラが言っていた。データを必ず持ち帰れ。マニュアルは端末に……今送った。」

「はい……あっ」


 ラディウは思い出したように首のIDタグのチェーンを手繰り寄せ、一緒に下げてあった、失った機体のFDRをティーズに差し出した。


「大尉、これを技術部に」

「自分で渡さなくていいのか?」

「データは必ず持ち帰ります。ですが、万が一の事がありますから」

「わかった。預かっておく」


 ティーズはFDRを受け取る。


「ありがとうございます」


 ラディウが安堵の表情を見せた。これで最悪の事態が発生しても、最後の実験データだけは残すことができる。


「二人とも、我々は目立つ行動ができないので、ラグナス周辺での警戒と護衛は最少人数になる。くれぐれも行動には気をつけてくれ」


 オサダがラディウとヴァロージャをじっと見据えて念を押す。2人はそれぞれ「了解」と頷いた。


 外部と通信をしていたラングレーが、ティーズに声をかける。


「大尉、あと10分で迎えが来ます」

「了解した。では以上だ。明日からの作戦よろしく頼む」


 全員が立ち上がり、ティーズに向かい敬礼をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る