第15話 彼女の所属と彼女の上官 2
ヴァロージャは真剣なまなざしで、目の前の少女を見つめた。
対する彼女は怪訝そうに首を傾げる。
「短い間だけど一緒に飛ぶんだ。作戦前に少しでも君の事を理解しておきたい」
複数で飛ぶのはチームワークだ。これから一緒に仕事をしようと言うなら、相手の技量や経験は知っておきたいというヴァロージャの気持ちは当然な事に思えた。
「うーん……」
ラディウはもう一度作戦概要を確認し、話せる内容と話せない内容を整理する。その結果、上官が動いているし作戦を共にする以上、所属と身分を明かす程度の情報なら、開示しても問題ないだろうと彼女は判断した。
「……私は情報部のパイロットなの。正確には、情報部特務3課特殊任務班」
「特殊任務班?」
耳慣れない部署名にヴァロージャは怪訝そうな顔をする。
「メジャーな部署じゃないし、そうね……何でも屋さん……的な?」
そう言ってラディウは、小首を傾げて苦笑する。
「ラグナスで使った高専の学生って設定。あれもちゃんとそのための身分を持ってるのよ。初めて使ったけど」
彼女はテーブルの上に、”ラディーナ・リスレーン”と書かれたアルフォンス高等専門学校の学生証を出して、ヴァロージャに見せた。
ヴァロージャはそれを手に取り、まじまじと見る。
「どうして”ラディウ”と名乗らないのか、実はずっと気になっていたんだ」
「助けて貰った時に本名を見られているし、私もあなたの官姓名を聞いたら、思わず名乗ってしまったから」
苦笑を浮かべながら、ヴァロージャから返された高専の学生証をしまう。
「それで、一貫して”ラディ”、”ラド”って名乗っていたのか……」
「普段の愛称もそれだから、呼ばれた時に違和感なく反応できるでしょう?」
彼女は暖かいマグカップを両手に持ち、揺れる液面を見つめた。
「私、開発関係のテストパイロットなの。情報部なんて詮索されやすいし、素性を調べられると困るから、当局に通報してほしくなかったのよ」
「なるほど……でも、その歳でテストパイロット?」
ヴァロージャは訝しげな表情を浮かべた。初めて出会ったときも思ったが、彼女の年齢と階級でその仕事は、あまりにも不自然だった。
「悪いけど、それ以上は本当に機密。ごめんなさい……」
心底申し訳なさそうにラディウが謝った。機密と言われればヴァロージャにはそれ以上の詮索はできない。短く「わかった……」と答えた。
「こんなに人が動くのも、いろんなコトが絡むから、私を絶対に連れ帰らなきゃならないって事」
そう言って微笑すると、彼が淹れたコーヒーを一口飲む。
「ね? 色々面倒でしょう?」
「そうだな」
もう一口、コーヒーを啜る。
美味しい。けれど苦い。
それから2人は午前中いっぱいマニュアルを読み込み、午後にはドラゴンランサーという機体について確認し、話し合う。
一通り終わると、自然と自分達が乗っている機体が中心の雑談になった。
身振り手振りで機体の挙動を再現しながら、真剣に話し合う彼らを見たラングレーが、「これ休息になるのか?」と苦笑するほど、彼らは機体談議に花を咲かせた。
午前中にオサダが伝えた通り、夕方にはオサダと共にラディウの直接の上官が訪れた。
質の良いビジネススーツを着こなした、すらりとしたダークブロンドの男性は、ヴァロージャに情報部特務3課のラベル・ティーズ大尉と名乗った。
隙のない立ち姿と美しい深いブルーの瞳は、一見冷徹な印象を与えるが、それらはラディウを見た時に、幾らか和らいだようにヴァロージャは感じた。
「本当に……よく無事でいてくれた」
ラディウの顔にも安堵の表情と屈託ない笑顔が浮かぶ。
「ご心配をおかけしました」
ティーズは頷いて軽く彼女をハグすると、ヴァロージャを見た。
「ロバーツ少尉の事は聞いている。リプレーの件、感謝する」
「いえ、自分こそ助けていただき感謝します」
ティーズの背後で、オサダとラングレーが椅子やテーブルを移動して、ミーティングの準備を始める。
ティーズは小さなスチールケースを取り出してヴァロージャに渡した。
「作戦用の
ヴァロージャがケースを開けると、ラディウが身につけているものと同じモデルの端末が入っていた。
「ありがとうございます。お借りします」
「基本的な使い方は、君が普段使う物と同じだ」
お茶を用意していたラディウが気づいて顔を
「そんな顔するな、すぐに用意できるのがそれしかなかったんだ」
「……本当ですか? 彼を巻き込むようなことは……」
「ラディウ、自分が何に関わっているかを忘れるな」
非難がましい口調のラディウを、ティーズはピシャリと嗜め、ラディウはギュッと口を引き締める。
2人のやり取りに気づいていないヴァロージャは、つけていた腕時計を外して端末を腕に巻き、起動すると自分のID番号を入力した。
ラングレーが自分のPCをつなぎ、壁のモニターの電源をいれた。まもなくミーティングが始まる。
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