第14話 彼女の所属と彼女の上官 1

 翌朝、回復したラディウは、情報部が用意しているセーフハウスへ移動することになっていた。


「Dr.スミス、Dr.ウィオラと連絡が取れるなら、私のリミッター解除コードを聞いてもらえませんか?」


 待合室へ向かう廊下で、オサダに聞こえないよう、声をひそめて言う。


「……理由は聞けるかい?」

「万が一追跡された時、制限がなければもう少し優秀なレーダーになると思います」


 スミスは困った表情でラディウを見る。


「……あまり、賛成はできないな。それがどいう状況になるか、君は理解しているか?」

「わかりません。しかし、生還確率を上げるためには必要と考えます」


 じっと前を見つめたまま、ラディウは即答した。

 その横顔は年齢にしては不釣り合いな落ち着きを漂わせていた。


「わかった。向こうに確認する。ただし期待しないで欲しい。私は反対だ」

「はい。よろしくお願いします」


 ラディウは真っ直ぐ前を向いて、昨日とは違うしっかりとした足取りで、オサダが待つホールへ歩いて行った。






 軍の情報部は幾つかの隠れ家を持っている。


 今回使うのもその中の一つで、地下駐車場から部屋のあるフロアへ直接行ける、プライベート重視の高級フラットだった。


 本当は2人ともそのままラグナスに戻りたかったが、ヴァロージャのみならず先の路地裏の格闘で、ラディウの顔も知られている可能性があると判断したオサダが、頑として首を縦に振らなかったのだ。


 そこは眺望の良い部屋で、モダンな内装のリビングにはソファセットと、壁には大きなモニターが掛けられている。


 部屋の中央に据えられたソファで、ヴァロージャがスミスから譲り受けた『ドラゴンランサー』のフライトマニュアルを読んでいた。


「部屋から出ない、あまり窓に近づくな。それと作戦に備えて身体を休めるよう、Dr.シュミットとティーズ大尉に言われている」


 オサダは着ていた上着を脱ぎながら、窓に駆け寄ろうとしたラディウへ矢継ぎ早に注意を出す。


 ラディウは「はーい」とやや不満そうに応えて足を止めた。


「これは現段階までの作戦概要。こっちは『ドラゴンランサー』のフライトマニュアル」


 そう言ってチェストの上に置いてあった分厚いマニュアルとタブレット端末を示して、隣室に消えて行く。


 渋々部屋の中央に戻ってきたラディウはチェストの上の書類を見ると、ハッとしてオサダが消えた部屋のドアを見る。


 マニュアルがあるという事は、オサダは昨日の要望を通してくれたと言う事だ。彼女はそれらを抱えるとヴァロージャがいるソファの対面に座った。


「おはよう。昨日はありがとう」

「おはよう。体調はもういいのか?」

「うん……もう大丈夫」


 マニュアルをテーブルに置いて、先に概要を読み始めた時、ビジネススーツに着替えたオサダが出てきた。


「俺はこれから、大尉を拾ってラグナス商会に行ってくる。夕方ミーティングをやるから概要に目を通しておいてくれ。それとラングレーの指示に従え」

「ん……了解」

「ラングレー、後を頼む」

「了解です」


 慌ただしく出て行くオサダをソファから見送ると、ヴァロージャが「コーヒー飲むか?」と声をかけてきた。


「うん。ありがとう」


 ヴァロージャはダイニングテーブルで仕事をしているラングレーにも声をかける。


 ラディウは概要を確認すると、改めて昨日の提案が受け入れられていた事に安堵した。


 マニュアルを手に取る。


 大体の書類はデジタル化されているものだが、マニュアルに関しては紙の方が直感的に使えて頭に入ると好むパイロットが多いため、紙とデジタルの両方が用意される。


 機体の説明、性能、限界、各部注意点などを順を追って読んでいく。内容は素の機体情報から改造された後のコクピット機能の説明、耐宙証明項目まで多岐に渡る。


 あっちこっちを行ったり来たりしながら、付箋を貼ったりメモを書き入れていく。時間が限られているのでポイントを絞って頭に叩き込む。


 集中して読んでいると、ヴァロージャがテーブルにコーヒーを置いた。


 一旦マニュアルを脇に置き「ありがとう」と言ってから、白い湯気が立ち上るカップを手に取り、芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込む。気持ちがリフレッシュする。


 そっと一口含んだところで、ヴァロージャが躊躇いがちに声をかけた。


「あのさぁ、質問いいかな?」


 ラディウはチラリとラングレーの方を見る。何か書類でも作っているのか、カタカタとキーボードを叩いてた。


「……答えられる範囲なら」

「君は一体、何者なんだ?」

「え?」


 唐突な問いかけに、ラディウは怪訝そうな顔をした。


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