第13話 彼らと彼女の作戦会議 2
ヴァロージャは大きく息をついた。理性と感情が、心の中を交差する。
コロニーのバースから直接外に出るのは、不審船として発見されるリスクが高い。それなら、ある程度コロニーから離れた位置まで運んでもらい離脱するのが良い。
しかし……大切なレースを控えたチームの邪魔はしたくない。まして選手であるロナウドのパフォーマンスを落とすような事はしたくない。子供の頃から世話になったチームにも迷惑をかけたくない。
ヴァロージャは頭を抱える。
その時、机上のモバイルが微かに振動し、ヴァロージャはチラリと画面に目をやった。
サムソンからの短いメッセージが記されているのを読み上げる。
「メテルキシィのコクピットコア、この後、ここの軍が回収に来るそうです」
「想定内だな」とオサダが呟いた。
ラディウは機体の情報は全て消したと言うが、オサダはパイロットが居た痕跡については警戒が必要だと考えていた。
ふと、ラディウが何か思いついたように顔を上げた。
「……Dr.スミスの機体、ホビー用という事は非BMI機ですよね? 複座なら、コ・パイ席に私が乗ります」
オサダとラングレーがギョッとした表情でラディウを見る。
「乗って何を……」
戸惑うヴァロージャに、ラディウが微笑む。
「兵装がないから
「え? 少尉それは……いいんですか? 軍曹!」
オサダは「良くないと」言いたいところをグッと堪え考える。
ラディウをこれ以上リスクに晒せたく無いが、ヴァロージャを見捨てるわけにはいかない。また彼らだけではなく、港で待機している部隊も危険に晒せない。
迷うオサダの背中を押すように、ラディウは口を開く。
「これは私にしかできない……私がいれば脱出確率は上げられる」
ラディウは真剣な表情で一同を見回した。
「ヴァロージャは漂流していた私を助けてくれた。だから……今度は私が助ける番。それに昔、私に『仲間は見捨てない』って事を教えてくれたのオサダさんでしょう?」
オサダは諦めたようにため息をついた。
「……わかった。この件は上に掛け合う」
「ありがとう……」
「だから、頼むからそろそろ大人しく寝ていてくれないか?」
ラディウは黙って頷く。
「じゃあ、戻ろうか」と、スミスが立ち上がるラディウに手を貸し、休憩室を出て行った。
2人の足音が遠ざかるのを聞きながら、ヴァロージャも覚悟を決めた。
結局、チームを巻き込む事になる。なら影響を最小限に抑える方法を考えよう。彼らが変わらずにこのコロニーで生活し、レースに出られるように最善を尽くそう。今ここにいる仲間たちを信じよう。
机上の紙とペンを取って、コロニーと週末のレース会場の位置をざっくりと描いた。
「週末のレース会場は、幸いな事にセクション1の管理宙域境界から約50キロ内側。詳細な位置情報は、運営のサイトから特別規則書とガイドに記載されている」
ヴァロージャはラングレーからタブレット端末を借りると、ネットワークにアクセスして、サイトを表示させた。
「チームへは、俺から説明させて欲しい」
「気持ちはわかるが、これ以上のリスクは冒せない。概要を纏めるまで待機してくれ。悪いようにはしない」
「……了解」
3人は脱出の成功確率を上げるための話し合いを続けた。
4台のベッドがカーテンに仕切られて並ぶ病室の、通路側のベッドにラディウは横たわっていた。
左腕の端末から細いケーブルが伸びて、ワゴンの上の別の端末につながっている。
スミスは画面の情報を確認し、ラディウが取り払った点滴類を用意し直した。
「どうして、Dr.スミスが……?」
「軍曹たちを知っているかって?」
ラディウは静かに頷く。
「あぁ、まだ言っていなかったね。私はアーストルダムメディカルセンターのミヒャエル・シュミット大尉。マイケル・スミスはここでの偽名だよ」
「……センター?……ラボ?」
「ん? 今は情報部。さぁチクッってするよ」
腕に針を刺される瞬間、ラディウは眉をしかめ、顔をそむける。
「実は昔、ラボの別グループのプロジェクトに関わっていてね。君のところのDr.ジェド・ウィオラは私の後輩」
スミスは手際良く針を刺すと、点滴の流量を調整し、モニターのデータを確認する。
「ほとんど睡眠も取れていないし、規程の服薬もできていない中よく頑張ったね」
ワゴンの上の端末から伸びるセンサー類をラディウに取り付けていく。
「昨日、見覚えのある
「……そうですか」
ラディウは自嘲気味にフフッっと笑った。
「ん?」
「……もし連絡を入れなければ……入れても
スミスは答えずに手を動かす。
「すぐに頭が痛くなって、薬の手持ちも無いし、帰るしかないって思ったし……みんなの顔が頭に浮かぶし、オサダさんは簡単に私を見つけるし……外せない迷子紐多すぎ……」
こんな愚痴を言っても意味が無いとわかっているのに、疲労と痛みで弱気になっている自分への苛立ちと自己嫌悪で、心がズンと重くなる。
「私は、ちゃんと救援を呼んだ君の判断は正しいと思っている。一人でヴァロージャとここから脱出できるかい?」
ラディウはもう一度考えを巡らせてみたが、どうにも方法が浮かびそうになかった。
スミスは端末を叩き、薬剤が乗っているトレイからアンプルを手に取ると、シリンジに吸い上げる。
「君の言う『迷子紐』は悪いことばかりではないと思うよ。さて、おしゃべりはここまで。少し眠くなる薬を入れるから、今はしっかり休みなさい」
「ドクター達は、そうやってすぐに眠らそうとする……」
不満げに呟くラディウを見てスミスは苦笑する。
「睡眠は心と体の回復を促すんだよ。それは今の君に一番必要なもの」
スミスが側管にシリンジを刺してゆっくりとプランジャを押し込むと、ヒヤリとした液体が、血管に入ってくるのがわかる。
「朝には楽になっていると思うよ」
スミスは一旦閉鎖していたクレンメを解放し、流量を調節すると、端末を操作して「おやすみ」と言って部屋の電気を消した。
カーテンが閉められた薄暗い静かな部屋で、時折小さな電子音が鳴る。
薄暗くても光が目に染みる。
「頭が……痛い」
目を閉じるとまだ少し、世界が回っているように感じる。しばらくはうつらうつらとしていたが、やがて深い眠りの世界へ落ちていった。
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