第12話 彼らと彼女の作戦会議 1
彼らを招き入れたスミスは、困惑しているヴァロージャの顔を見ると苦笑を浮かべた。
「後で説明するとして、まずはこの子か……」
ぐったりとしたラディウがオサダに抱きかかえられている。
「奥に病室があるから、空いてるベッドに寝かせておいて。あと薬と端末は?」
「ここに」と、ラングレーが手にしていたケースを渡す。スミスはそれを受け取ると、足早に診察室に入っていく。
「彼女、どこか悪いのか?」
一緒にいるラングレーに尋ねるが、彼は「ん……どうかな」と答える。
「
詳細は不明だが、自分が触れてはいけない内容なのだろうと判断し、曖昧に「あぁ……」と頷くしかできなかった。
30分程して、スミスとオサダが戻ってきた。
「お待たせ。奥の部屋に行こう」
スミスはスタッフの休憩室に彼らを案内し、コーヒーを振る舞った。
「さて……もう隠しても仕方ないな。ヴァロージャ・ロバーツ少尉、私はミヒャエル・シュミット大尉。ここで見た事、聞いた事は一切他言無用。これは命令だ。いいね?」
いつも飄々とラグナスで愉快そうに過ごしているDr.スミスとは違う雰囲気に、ヴァロージャは気押されて居住まいを正す。
「了解……あの、ラド……いえ少尉は?」
「大丈夫、ちょっとしたオーバーワークだよ」
それ以上は知らなくて良いと言う周囲の雰囲気を感じ、ヴァロージャは「そうですか。了解です」とだけ答えた。
スミスは小さく頷くと、「ヴァロージャは休暇だったね。いつまで居るんだ?」と、いつもと変わらぬ柔和な口調で尋ねた。
「2週間の滞在予定でしたが、予定を切り上げて、レースが終わったら帰ろうかと思ってます」
「レース? 何のだ?」とオサダが聞く。
ヴァロージャとスミスは、オサダとラングレーにホビートライアルの事、3日後から宙域でレースがあることなどを説明した。
「成る程。概要はわかりました。リプレー少尉が回復しだい、我々はここを離脱します」
「それがいい。とりあえず今日は……」
ガタっと音がして、扉が開く。
何事かと一同が顔を向けると、そこには青白い顔をしたラディウが、スライドドアのハンドルにしがみつくように立っていた。
「私だけ……脱出は嫌よ」
ラディウはよろめきながら手近な椅子に座る。
オサダは「またお前は……何やってんだよ」と呻いて頭をかかえ、それを見てスミスは苦笑した。
「ロバーツ少尉も……ヴァロージャも一緒に行かないと……」
ポケットの中に入れていた、追跡者が持っていた2枚の身分証をオサダに渡す。
「セクション5防衛軍……ユモミリーか。なぜ彼らがロバーツ少尉を探す?」
「それが……わからないから、ロバーツ少尉の……保護を提案する……」
つらそうに息をつきながらラディウは言う。
「……そうだな、私も彼を一緒に連れて帰るのが良いと思う。偽造IDと軍のIDを持つ男達が、懸賞金をつけて行方を探すのは尋常じゃない」
スミスは立ち上がり、ウォーターサーバーの水をグラスに注いで、ラディウに渡した。
「連中は少尉の立ち寄り先を探し回っているし、昨日はここにも来ている」
オサダはしばらく考えて、「了解。現場判断で保護します」と告げた。
ヴァロージャは短く「感謝します」と頭を下げる。
「ロバーツ少尉も一緒だと、港から船に戻るのは難しいのでは? 少尉の入境記録では、商用ポートに入れない可能性があります」
ラングレーの発言に一同は押し黙って思案する。
先に発言したのはラディウだった。
「……小型艇で脱出……宙域外で合流は?」
気怠さもあって思いついたことをポツリ、ポツリと口にする。
「悪くないけど、機体はどうするんだ?」
ヴァロージャの質問にラディウは答えられない。
「それならラグナスに以前、私がラリー競技で使っていた機体がある。売りに出すため登録は抹消済み。複座だけど、それを使うのはどうだ?」
ヴァロージャは目を丸くして驚く。
「いいんですか? 先生の機体ものすごく手が入ってませんでした?」
「いいも何も、使えるものは使わないと。なんなら機体の件は私から社長に話をしよう。代金はこの子の所属先に、色をつけて請求してもらうさ」
ラディウに目をやりながら、最後に冗談めかして笑う。
オサダは鼻の前で両手を組んで思考を巡らせ、ついと顔を上げてヴァロージャを見た。
「では、小型艇の件は先生にお任せするとして。ロバーツ少尉、さっき週末にレースがあると言っていたな。そこに紛れ込めないか?」
「……週末のメインレースは難しいが、水曜日からの公式テストなら」
ヴァロージャはハッとしてオサダを見た。
「軍曹、まさかラグナスを使うつもりか?」
オサダは静かに肯定する。
「先生の言葉じゃないが、使えるものは使いたい」
ヴァロージャは視線を宙に這わせ、口を真一文字に引き締めた。
困ったな……
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