第11話 彼と彼女の護衛官

 スピードを落とすことなく、適度な距離感で追走するスタミナは、訓練されている人間の動きだとヴァロージャは思った。


 ヴァロージャ自身も日頃から走り込んでいるし、恐らく同業のラディウも同じだろう。彼女はヴァロージャのスピードについてくる。しかしどんなに普段からトレーニングを積んでいても、持久力勝負になったらどちらも本職のあの男には敵わないだろう。


 応援を呼ばれる可能性もある。急がなくては。


「素性が知りたい。一人のうちにどこかで迎え撃つ」

「……了解」


 2人は速度を上げて、また別の裏路地に飛び込んだ。


「ヴァロージャ! そこの影に!」


 ラディウは大きなゴミコンテナを示し、ヴァロージャはその影に隠れた。彼女はコンテナよりも手前で立ち止まり、荒い息を整える。


「君はどうするんだ!?」

「迎え撃つのでしょう?」


 汗で張り付いた髪を払いながら、ラディウはニヤリと笑う。


「まじかよ……」


 ヴァロージャは身を潜めながらも、すぐ飛び出せるよう態勢を整えた。





 すぐに追跡者の男が走り込んできた。


 ラディウが1人で荒い息を吐いているのを見て、男が近づく。相手もはぁはぁと息を上げているが、ラディウより回復が早そうだ。


「連れの男はどうした!」

「さぁ……もう無理、走れないって言ったら、私を置いてこの先へ逃げて行ったわ。最低……」


 顎で反対側をしゃくり、吐き捨てるように言う。男は構わずにラディウの腕を強く掴む。


「痛い。離して!」


 振り払おうとするが、強い力で腕を掴まれて振りほどけない。


「少しお話しを伺いたい。ご一緒いただけるかな? お嬢さん」

「嫌ッ! 離して! 人を呼ぶわよ!」


 もがいてよろめいた拍子を装い、相手の懐に入ると、ラディウは少し身をかがめて男を前のめりにさせ、反動をつけて顎の下をめがけて強烈な頭突きをお見舞いした。


 ただでさえ痛い頭がさらに痛くなるのを堪え、不意を突かれた男が次の行動にうつる前に、躊躇せずに金的へ強烈な膝蹴りを入れる。


 膝に嫌な感じがしてラディウは顔をしかめるが、手心は一切加えない。そう教わった。


「グ……」と呻いた男の血走った目が、ラディウを捉える。


「この……クソガキ……」


 股間を抑え悶える男から距離を取ろうとした時、ヴァロージャが援護に飛び出してきたが、突如男が硬直して前のめりで倒れ込んだ。


 ラディウはバックステップで男を避け、後ろのヴァロージャに抱き止められる。


 何が起きたのかわからないまま崩れ落ちる男の背後に、黒髪短髪の男がスタンガンを片手に立っていた。


「やっと見つけたとおもったら、何やってんだお前は……」


 男は腰のホルスターにスタンガンを収める。


 ラディウは驚きで目を見はった。彼はディビリニーンに乗ってはいなかったのに。


「オサダ……軍曹?」

「迎えに来たが……なんだ? この男」


 ケイン・オサダはそう言って完全に失神している男を爪先でつつく。


 ラディウはオサダの問いには答えずに、ヴァロージャと倒れ込んだ男を仰向けにし、2人で手早く男の持ち物を探りだした。


 無線機と、財布の中から身分証2枚とクレジットカードを抜き、名刺入れの中身を確認する。


「名前は違うが、名刺は同じデザインだ」


 ヴァロージャは名刺入れから目ぼしいものを何枚か抜いて、内ポケットに戻した。


「このID、1枚は……会社名義だけど、もう一枚はセクション5のユモミリーのIDだ……でも何故? 彼らの目的はヴァロージャ?」


 2人は顔を見合わせる。


「ラディウ、そろそろこの状況を説明してくれないか?」


 オサダの一段低い声に、ラディウはビクッと身を震わせて、むっつりとした表情で見下ろすオサダと目を合わせた。


「追われているの。急いで場所を変えたい」

「わかった。こっちだ」


 オサダはぐるりと周囲を確認し、耳に嵌めている通信機を使い仲間と何か話しあうと、彼はラディウとヴァロージャを連れて急いでその場を立ち去った。


 オサダは尾行に気をつけながら、途中でバックアップのラングレー伍長と合流し、2人を少し離れた地下駐車場へ連れて行く。


 4人は止めてあった車に乗ると、オサダはラングレーに行き先を指示した。


 何度か右左折を繰り返し、尾行がない事を確認してから、ようやくオサダが口を開いた。


「それで、まず彼は?」


 ラディウが口を開く前に、ヴァロージャが自己紹介をして、身分証をオサダに見せる。


「漂流していたところを、少尉に助けてもらったのよ」


 ラディウは手短に経緯を説明した。


「なるほど……感謝します、ロバーツ少尉」


 そう言ってヴァロージャに身分証を返す。


「次に、あの男は?」

「詳細不明。このコロニーで複数人がロバーツ少尉を探しているのは確かね」


 ラディウは少し気怠そうに目を閉じる。


「少尉に心当たりは?」

「全く。ただ俺の関係先を訪ね歩いている連中と同一なのは確かだ。それがなぜ俺なのかわからないけど」


 シートに深く身を沈めたラディウが、話しを聞きながら、眩しそうに薄目を開けた。頭痛が酷くなっている。光が目を刺すように感じて吐き気もする。


「ねぇ、どこに行くの?」

「協力者のところ」


 オサダのぶっきらぼうな声に、ラディウは安心感を覚えた。いつものオサダだ。もう大丈夫。


「じゃあ。少し目を閉じて良い? 頭が痛いの……」


 実のところ精神的な疲労感もあり、もう限界だった。


「着いたら起こすよ」

「ありがとう」


 ラディウはそのまま眠りに落ちた。






 4人を乗せた車が着いた先は、ヴァロージャも知っているところだった。


「ここって、スミス先生の……」

「知り合いですか?」


 ラングレーの問いに、ヴァロージャが頷く。


「……今、2人で世話になってる、チームラグナスのメンバー兼チームドクターのクリニック……」

「なら話しは早いな」


 オサダはクルマから降りると、通用口のインターフォンを鳴らした。

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