第12話 彼と彼女の上司バレ

「あんなのインチキだろう! リープカインド!」


 コクピットから出てきたところを、ステファンはわざわざ待ち構えていた。


「インチキ?」


 HMSヘルメット・マウンテッド・サイトのバイザーをあげながら、ラディウはピクリと片眉をあげた。


「言いがかりはやめてください。火器の使用制限はありませんでしたし、私たちはああいう攻撃ができるだけです。対応できない方が悪いのでは?」


 ラディウは極力感情を抑えて話すが、苦手意識からどうしても刺が出る。それがまたステファンを苛立たせるので悪循環だ。


「あんなクソインチキミサイル、対応できるか! お前が強いのは! 機体性能のおかげだろうが!」


 ステファンは大人げなくラディウを煽る。ラディウの方は面倒くさそうに、かつ露骨に嫌な顔をし、それが更にステファンの苛立ちを募らせることになる。


「バケモノなんだよ! やってることも! その存在も!!」

「何ですって……」


 ラディウの目が怒気を孕んでスゥッと細くなる。仕事中は冷静であれと教えられて基本的に無視をしてきたが、最近絡まれる内容が理不尽すぎて耐えられず、どうしても反応してしまう。ステファン相手だと特にそうだ。


 もう何か次に一言でもステファンが言葉を発したら、懲罰覚悟で殴ってやろうとまで思った。


 そんな一触即発の空気を察したのだろうか、先に戻っていたルゥリシアとトルキーが、共に自機の方から流れてきた。


 尾翼にあたるスラスターで上手に向きを変えて、二人の間に立つ。


「ふん! 負けっぱなしが悔しいからって年下に絡むなんて最低ね! 機体の違いで文句言うなら、シミュレーターで機体条件を合わせてもらえばいいじゃない」


 ルゥリシアはステファンと同期だ。言う事も態度にも遠慮は一切ない。そして彼女はラディウ以上に、ここ最近のステファンの大人げなさに腹を立てていた。


「ねぇラディウ、メテルキシィには乗れるんでしょう?」


 突然のルゥリシアの振りにラディウは戸惑った。


「え? えぇ……もちろん乗れるけど」


 ルゥリシアは「フフン」と鼻を鳴らしてステファンを見上げる。


「”ラスカル”は逆に指導してもらったら? ”エルアー”がハンデつけてくれるってさ」


 ラディウは「はぁ!?」と声を上げ、戸惑うラディウにトルキーがそっと耳打ちする。


「この手の難癖野郎は、一回しっかり頭を押さえてやるのが効果的なんだ。受けとけよ」


 ラディウは眉間にシワを寄せ、憮然とした表情のまま考える。


 トルキーの言うように、ここでステファンの相手をする事で、今後不愉快な思いをする事が少なくなるなら、悪い話ではないと思い「わかった。やる」と返事をした。


 もちろん、負ける気はしない。当然勝つつもりだ。


「デブリーフィングが終わったらシミュレータールームに集合だ! いいな!」

「そっちこそ、逃げないでよね」


 この短期間で、ラディウも言うようになったなと、ルゥリシアは思った。





 ステファンがテスト機のリープカインドに喧嘩を売った話は、パイロット仲間だけではなく、早耳なクルーにも届く。


 しかし、騒ぎすぎるとこんなに面白いイベントは、上官達に潰されてしまう。やると決まったらサッサと済ましてしまうに限る。


 ロージレイザァの1番大きなシミュレータールームに、パイロット達以外にも話しを聞いた非番のクルーが集まってきた。


「”ラスカル”と”エルアー”の対戦だ! どっちに賭ける? 1口10UDユニオンドルだ! チェック電子マネーか、できれば現金で頼むぜ!」


 パウエル・”アーレア”・マンディ少尉が声を張り上げて、どこから引っ張り出したのか、高々と頭上にバケツを掲げた。


 パウエルと仲の良いメカニックが、メモ用紙を破って投票券を作る。


「”エルアー”に2口!」

「”ラスカル”に3口だ!」


 あっという間に面白がって集まっていた者達の賭けの対象になり、みるみるバケツに紙幣が突っ込まれる。


 娯楽の少ない艦内で貴重なレクリエーション。もはや見世物だ。


「リープカインドなんて、機械に繋がっていなければ普通のパイロットだろ? 負けても泣くなよ! お嬢ちゃん」


 流石のラディウも自分で言うならまだしも、何の事情も知らない他人にそれを言われると不愉快だった。


「オジサンこそ、相手をしてあげるのは、もうこれっきりだから!」


 苛々と吐き捨てるように言う。


「可愛げないな! 格の違いを見せてやる」


 ステファンは中指を立てて見せつけると、指定されたシミュレーターに乗り込む。


 それを見たギャラリーは大盛り上がりだ。


「小学生みたいな煽り方するんじゃないわよ、馬鹿”ラスカル”! 本当、下品なんだから」


 ジェニファー・”プリムラ”・ミュラー少尉が呆れた顔でステファンに向かって怒鳴る。


「下品なのはお土産選びのセンスだけにしとけば良いのに」


 ルゥリシアの呟きに、ジェニファーは思わず吹き出し、ルゥリシアも釣られて笑いながら、室内の大型モニターを見る。


 そこにはコクピット内のパイロットの様子、映し出される双方のスクリーン映像などが映し出されている。


「話題の彼女。ノーマル機でどれだけ乗れるか、お手並み拝見」


 ジェニファーは楽しそうに言いながら手にしている飲み物を口にする。


 噂を聞いた見物人が増えてきたなと、室内を見回してトルキーは思った。そして、後ろからトンと肩を押されて振り返り、固まった。


 そこには、上官のエルヴィラ・アスターナ大尉が笑顔で立っている。


「ちょっと来てくれるかしら? 中尉」


 そう言って立てた親指で、上の管制室を示す。


 拒否はできない。


「……了解です」






 連れて行かれた管制室には、ティーズにアトリー、それに戦隊長のデシーカ中佐までいた。

 扉が閉まるのと同時に、階下のざわつきが遮断される。


 おいおい完全に上にバレちゃってるよ!と、トルキーは心の中で仲間たちに言う。


「さて中尉、この騒ぎを私たちに説明してくれる?」


 艶やかな笑顔を見せて、エルヴィラが促す。目は……笑っていない。


 もう観念するしかない。


「はぁ、実は……」


 トルキーは居住まいを正して、この騒ぎに至るあらましを説明をした。


 トルキーが上官達に取り囲まれている頃、何も知らない階下のラディウとステファンは、淡々と準備を進めていた。

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