第11話 彼女と”グルース”小隊

 出港から1週間。


『試験航行の飛行任務がこんなに忙しいとは思わなかったわ』


 その日予定されている模擬戦の訓練宙域に向かう途中、ルゥリシアが苦笑まじりで話しかけてきた。


 小隊フライト内の通信用モニターが開き、トルキーも参加してくる。


『通常業務と演習だからな。それはそれで、緊張感があって俺は好きだぜ』

『じゃあ、その緊張感を持って、今日の相手を倒しましょう。各員スタンバイ 』


 エルヴィラは機体を軽く振って合図を送ると、機体を右に翻す。


 それに合わせてルゥリシア、トルキー、ラディウが続く。


 今日の模擬戦相手は第一中隊第一小隊。2日に一度は当たっているが、やることは一つだ。


――今日こそを黙らせる。


「”エルアーラディウ”、こちら”アグーダエルヴィラ”。 お客様は捕まえられる?」


 ラディウは意識して感覚を広げる。その情報を<ディジニ>が拡張する。イメージが広がり視える。


――捕まえた。マーク。


「<ディジニ>、コンタクトするまでデータを全機に送信」

 ≪Copy≫


 各機のサポートAIを通じて、相手のデータが共有される。


「早い早い。この距離で補足するなんて、人間レーダーね」


 ルゥリシアはそう呟きながら送られてきた敵機にマークを入れる。


『間も無くレンジに入ります』


 ラディウの落ち着いた声が注意を促す。


「みんなわかっているわね、今日の設定はHi-EJPは無し。武装の制限無し。ロックオンされたら負け。各エレメント単位の戦闘。では散開」


 エルヴィラの合図の後、2機ずつに別れて第一小隊を迎え撃つ。


 ラディウは分隊長エレメントリーダーであるトルキーに合わせ、彼の斜め後ろを飛ぶ。お互いがお互いをフォローする教本通りの飛び方のはずだったが、無線でトルキーが伝えた言葉に、ラディウは耳を疑った。


「”エルアー”、今日は俺の機動マニューバに合わせて無理についてこなくていい」

「え? アブレスト相互連携しないの?」

「俺に合わせると、そっちの身体が。俺もたまには自由に飛びたい。今日はお互いの領分を発揮し合おう。フォローは助かる。自由にやれ」


 彼の能力に関係するのだろうか?


 トルキーはラボに関わるパイロットだ。しかしラボの内規で自分から何をしているのかは聞けない。そう教え込まれて育った。今わかっているのは、トルキーも何らかの被験者だと言う事だ。


「了解。”グルースアトリー”と”ラスカルステファン”がこちらに来る」


『俺が”グルース”の相手をする。”ラスカル”を任せた。思う存分見せつけてやれ』


「了解。電子戦を開始する。ありがとう”ティオ”。<ディジニ>よろしく」

 ≪Copy ”ティオ”支援AIと情報共有≫


 通常レーダーでも彼らを捕捉する。戦闘開始Fight on


 4機が一斉に動き出す。


「こちらに撃たせずに電子戦か!」


 アトリー・"グルース"・キスケ大尉はすぐに自機支援AIに、ウィングマンのステファン・”ラスカル”・ゼルニケ少尉との対ECM戦情報の共有を指示する。


 アトリー・ステファン組がお互いをカバーするように動く機動を、トルキーがあり得ない急角度で機体を捻じ曲げて割り込み、フォーメーションを乱した。


 その機動にラディウは目を剥いた。あんな機動、機体は耐えても人が追いつかない。現にラディウはGメーターを確認しながら、通常範囲内の高G機動で旋回し、ステファンを追う。


 トルキーの機動を見て、ラディウはなんとなくCグループの存在を思い出した。


「肉体を強化させる強化兵士の研究……だっけ?」


 人との関わり合いの中で、完全な情報遮断は不可能だ。


 内規に縛られ情報管理をされていても、長くその場にいれば、人との会話の中から断片的な情報は自然と耳に入るものだ。


「強化兵士って、ある意味私たちも同じじゃない?」


 そう自嘲気味に呟くと、気持ちを切り替えてステファン機を追う。


 システムと繋がっていれば、自由自在に飛べるし火器も扱える。動きも全部視える。だから、彼を追うことは手間ではない。視界に入っていなくても、ステファンはもう捕まえている。


 何より今日は使用火器の制限がない。なら、コッペリアシステム搭載機ならではの、思考誘導EEG兵器が使えるし、なんなら既に準備済みだ。


 あとはミサイルの有効射程範囲内にステファンを誘い込み、ロックオンシグナルを出すだけ。それも向こうから飛び込んでくる。あと数秒。

 3、2、1


 突然のロックオンシグナルと撃墜サインにステファンは叫んだ。過去最短だった。


「何だと!?」


 一瞬置いて、目の前を掠めていくリウォード・エインセルを忌々しげに睨む。腹立たしいことに、落ち着いた少女の帰投を促す声が神経を逆撫する。


『あなたをKillしました。帰投してください。”エルアー” 』


「くそっ!」


 ステファンは舌打ちすると、「訓練宙域を離脱、帰投する」と伝えてロージレイザァへと機首を向けた。


 さて、次はアトリーだ。


 トルキーが相手をすると言っていたが、経験を積んでいるアトリーの方が上手い。一対一ではありえない高G機動を繰り出すトルキーでも不利だ。


『クッソ……やっぱ手強い。”エルアー”! 手が空いたら手伝え!』


「了解。援護に向かう」


 そう宣言して機体をバンクさせて、トルキーのところへ向かおうとしたところで、トルキーの「あっ!」と言う声の後に大きなため息が聞こえた。


『お疲れ”ティオ”。撃墜だ』

『了解。帰投する』


 トルキーが宙域離脱を宣言する。


『さて、”エルアー”、僚機”ラスカル”の敵討ちをさせてもらうぞ』


「……やられるもんか」


 ラディウはスティックを握り直す。


 アトリーは右に左に機体を揺らしてロックオンを外しながら、流石にこの状況に苦笑いを浮かべる。


 ラディウのミスを誘うため、様々な手を使うが、彼女はそれらをかわして追ってくる。


 やがて設定されている訓練宙域の境界に接近した。


 これは隣の宙域で訓練する者や、パイロット達が宇宙で迷子にならないよう安全のために設定されているものだ。


 アトリー機の支援AI<ミーク>が、訓練宙域境界の底辺に接近する警告を発する。


 それはラディウ機の<ディジニ>も同じだ。


「あぁ!ダメ」


 模擬戦中に訓練宙域外にはみ出すのは、マイナスポイントになる。


 無意識に減速し上昇しようとする。


 その瞬間、先行するアトリー機が機首を下げたと思ったら、下に消えた。


 青白い航跡が急速に後ろに下がる。


 後ろ!と意識した瞬間、反応した<ディジニ>によりマルチモニターに映し出される。


 アトリー機がフレキシブルスラスターの向きを変えて逆噴射で急速後退した。これは減速ではなく後ろ向きの加速だ。


 アトリーは後ろからかかるGに歯を食いしばり、ラディウ機を前に出して射程に捉え、瞬時に推進方向を切り替える。


 バンクをしながら回避行動を取るラディウ機にマーカーを重ねる。


 射線が通る。


 エインセルのコクピット内にアラームがやかましく鳴った。


 ≪撃墜判定≫と伝える<ディジニ>の声に、ため息をつく。


 ラディウは減速して機体モードを切り替えた。


『今日は俺の勝ちだな”エルアー”。 模擬戦終了。戻るぞ!』


「”エルアー”了解」


 アトリーは機体を振って合図を送ると、母艦に向かってターンする。


 ラディウはアトリー機の左後方についた。


「あぁ……もう」


 対応しきれなかった自分が悔しい。エルヴィラの方も終わったらしく、左斜め後方にアトリー小隊のメテルキシィを連れている。


 途中でフォーメーションを組み直して4機はロージレイザァに帰投する。


 着艦管制の指示を聞きながらコースに乗せ、ふとよそ見をすると、着艦甲板の反対側のカタパルトから、別の小隊が模擬戦闘訓練のために飛び立っていくのが見えた。

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