第10話 彼女たちのアドバイス

 ロージレイザァに配備されている機体のほとんどが、正式採用機のメテルキシィだが、一部のパイロット向けのカスタム機も何機か配備されていた。


 見慣れたカラーリングのティーズ機が目の前を横切り、第一中隊の機体が集まっているエリアに運ばれていく。


「自分用にカスタムされた機体を持ち込むパイロットの事を、機付きって言うのよ。ラディウみたいに試験機を持ち込む場合も同じね」


 ラディウが機体位置の確認を終え、キャットウォークでデッキの作業を眺めていたら、自分の割り当て機を確認したルゥリシアが合流して、そう教えてくれた。


「ウチの小隊フライトだと、アスターナ中尉とラディウが機付きね」


 トルキーのメテルキシィの隣には、ラディウが担当しているフルコッペリアシステム搭載の試験機、リウォード・エインセルが駐機している。


「メテルキシィより大きいのね。重くない?」


 ルゥリシアが言うように、この機体はメテルキシィより1.2倍ほど大きい。


「そうでもないです。見た目よりよく動きます」


居並ぶ機体と忙しなく動くメカニックやデッキクルーの動きを、ラディウはウキウキしながら眺めていた。


これから1ヶ月、この環境で飛んでいられる。


「次のフライトが楽しみだわ。ところでラディウ」

「なんですか?」


 ラディウは不思議そうにルゥリシアを見る。


「同じ小隊でルームメイトよ。遠慮と敬語は無しにして」


 そう言って茶目っ気たっぷりの笑顔を見せる。


 ラディウもクスリと笑うと「わかった」と返事をした。






 母港のアーストルダムを出港する前から、ロージレイザァの試験航行は始まっている。


 4週間後には司令部から運用確認のためのスーパーバイザーの将官が乗り込んでくる。


 それまでに艦長のアルバート・ウィザがすることは、この4週間で艦とクルーの問題点を洗い出し、全体を1つのマンマシンとして機能させることだ。


 出港後、1日かけて試験宙域に到着。飛行戦隊はその日の朝から訓練が始まった。


 離艦して編隊飛行から着艦へを繰り返す。


 各パイロット達とデッキクルーとの連携訓練。お互いの問題点をあぶり出す。


 他にも並行して通常の哨戒飛行任務、実弾演習、模擬戦やシミュレーターを使った訓練、様々なミーティングの機会が設けられ、ディスカッションが繰り返し行われた。


 昼夜を問わず、日に何度も飛んだり降りたり、模擬戦闘を繰り返すうちに、少しずつ新しい人間関係が構築されていく。


 模擬戦で容赦なく撃墜し、スコアを重ねる最年少の機付きパイロットに対して、好意的に接してくれる者もいれば、嫉妬をストレートにぶつけてくる者も現れるようになった。


 そして言い出すのは大抵が同じ階級の若いパイロットたちだった。


 最初の頃に耳を疑うような自分への中傷を受けたときは、理性のタガが外れそうになったが、その時はたまたま後からやってきたトルキーが「お前たち! 聞こえているぞ!」と一喝してその場は収まった。


 基本的には何を言われても気にしないように流しているが、あまりにもあからさまにセクシャルな事を言われた時は、さすがに強いショックを受けた。


 今までも何度か艦艇で訓練や試験飛行をしたり、情報部内の作戦に参加した経験もあったが、自分達を理解してくれている艦やクルーに恵まれていた事、なによりティーズの存在が自分を守ってくれていたのだと痛感する。


「昔も今も、軍隊は女性が少ない職場だし、FAパイロットの男女比率もご覧の通りよ。実力主義の世界だから、舐められないようにするには同等か、それ以上の力を見せつけるしかないの」


 エルヴィラはそうアドバイスをし、ルゥリシアも「文句言う奴は実力を示して叩き潰せばよし」と発破をかける。


 実際、エルヴィラもルゥリシアも通常の業務はもちろん、トレーニングや訓練に一切手を抜かないし、エルヴィラは元よりルゥリシアも、やられたらやり返すスタイルで、口喧嘩もめっぽう強い。


 戦闘機パイロットという職業は過酷だ。その過酷さは男女関係なく平等に降りかかる。


 この仕事を選んだ彼女たちは、性差による肉体のハンデキャップを理由に泣き言や言い訳は言わない。自分たちの力で、自分たちの立ち位置を作り上げる。プロ意識の塊だった。


 ラディウは、ティーズがあえて女性の隊長やパイロットがいる小隊に自分を入れた理由が、なんとなくわかるような気がした。


 そして、これから自分が身を置く世界は、こういう世界なのだということも理解し始めた。


 そんな彼女らの行動と言葉を手本に、ラディウは演習で文字通り対戦相手を瞬殺してみせたり、時には相手と口論も繰り広げ、少しずつ周囲の軋轢を解消してきたが、中にはどうしようもない頑固者もいた。


 彼女が一番苦手だったのは、第1中隊1小隊のステファン・”ラスカル”・ゼルニケ少尉だった。


 初日のGUNS ONLYの模擬戦で、短時間で撃墜されたことを根に持ったらしく、まずは帰艦早々に舌打ちして睨まれた。


 ラディウにとっては、であり、ステファンの事など特に関心を持っていなかったが、そんな彼女の事務的な対応も気に食わなかったらしい。


 その後も度々彼と対戦したが、今のところラディウが全勝し、ステファンは苛立ちを募らせている。


 彼は決して下手なパイロットでは無い。評価ポイントも常に上位にいる実力のあるパイロットだ。設定された戦闘条件によっては何度かヒヤリとさせられたこともある。気が抜けない。


「彼ね、実力もあるし卒業の席次も上位ってこともあって、プライドが高いのよ。まぁ、気にしないことね。丁度いいからどんどんやっつけちゃって」


 ルゥリシアはそう煽って笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る