第9話 彼女と彼らの説明会 2
デシーカの解散の掛け声の後、トルキーの隣に座っていたルゥリシアが、身を乗り出してラディウに声をかけてきた。
「はじめまして。同じ部屋ね。よろしく!」
ルゥリシアは見た目の雰囲気と違い、明るく気さくな女性だった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ラディウは軽く頭を下げてから、隣のトルキーを見上げる。
「ラディウ・リプレーです。よろしくお願いします。オーダバーシ中尉」
ふと彼の右胸のネームプレートの左下に、見覚えのあるロゴの小さなピンが目に止まった。
ラディウは驚いてもう一度彼の顔を見る。
「君が俺の
そう言って、ニヤリと意味ありげに笑い右手を差し出し、ラディウはその大きな手を握り返した。
「よろしくお願いします」
彼の小さなピンと同じデザインのものは、彼女の右胸にもある。それは、ラボに所属している者しか身につけていないものだ。
トルキーはラボになんらかの関わりがある人物という事だが、彼がなんのグループに属しているかまではわからなかった。
「さぁお待たせ! ここからは小隊の親睦を深める時間よ」
そう言って、エルヴィラが合流した。3人とも立ち上がって迎える。
「ちょうど良い時間ね。席を予約しているの、食事にいきましょう」
ラディウは戸惑いながら、ティーズを目で探して居場所を確認する。彼もまた、自分の小隊メンバーと何やら話しをしているようだった。
彼は彼女の保護者だ。何も言わずに出ていくのは流石にマズい。
「アスターナ大尉、私はティーズ大尉の許可をもらって……」
言い終わる前に、エルヴィラはラディウの肩をポンと叩いた。
「大丈夫よ。許可は貰ってる。帰りはオーダバーシ中尉が送ってくれるわ」
そうでしょう? と付け加えて、エルヴィラはトルキーを見る。
「えぇ、もちろん」
ちょうどその時、彼らの横をティーズの小隊が通り過ぎようとしていた。ティーズはエルヴィラ達のところで立ち止まり、3人のメンバーに先に行くよう伝える。
「ティーズ大尉!」
初対面の大人たちの中に一人残される事が不安で、心細げな顔のラディウを見たティーズが苦笑した。
「ラディウ、アスターナ中尉の指示に従え。それと明日10時に迎えにいく。いいな?」
「はい」
それじゃあ、と片手をあげてティーズは部屋を出て行った。
彼の後ろ姿を見送っていると、隣ににじり寄ってきたルゥリシアが、ラディウを肘でつついて注意を向けさせる。そしてそっと「今の大尉とどういう関係?」と興味津々で聞いてきた。
「ティーズ大尉は、所属先の上官です」
「ということは、あなたも情報部?」
「そうです」
ルゥリシアは好奇心を隠さない。
「情報部付きの
「えっと……多分、皆さんと変わらないです。訓練飛行が多いですよ」
そう当たり障りのない答えを返し、ラディウは微笑んだ。
エルヴィラに連れられて将校クラブに向かう。今まで足を踏み入れる事が無かった場所だ。
何箇所かあるようだが、連れてこられたここは、少尉任官もしくは同等以上の者、またはその同伴者しか入れない場所だった。
色付きの大理石が、基地のロゴマークを象る円形のホールを中心に、レストランの左翼と、バーラウンジのある右翼に分かれる。
迷う事なくバーラウンジのある方へ行こうとするルゥリシアを、エルヴィラが止めた。
「そっちは後でね。今日は先にこっち」
そう言ってレストランが入っている左翼を指さす。
「この子、まだ未成年だから」
「え!?」
「言ったでしょう? 食事会だって」
ルゥリシアは驚き、よくある反応だとラディウは思い苦笑した。
集合当日。約束の時間通りにティーズが迎えに来て、2人は彼の運転するクルマで港に向かっていた。
「今回の編成、私は大尉から離れてよかったんですか?」
昨夜から、考えていたことを口にする。
多分、顔を合わせてゆっくり話すことができるのは、この移動時間ぐらいなものだろうと思ったからだ。
「小隊が別れた事が不満なのか?」
ステアリングを握るティーズは、チラリとラディウに目をやる。
「不満とは思いません……ただ、いつも大尉と一緒に飛んでましたから。逆に……上手くやれるどうかの……不安?」
「不安?」
「はい……」
ティーズはフッ笑みを浮かべた。
「笑うところですか?」
「いや、君らしいよ」
その答えに、ラディウは不満そうな表情を浮かべる。
「誰しも初めての環境は不安になるものさ。私とだけ飛んでいても、君の成長に繋がらないからこの編成にした」
ラディウは首を横に振る。
「まだ教えていただきたい事が沢山あります。寂しい事を言わないでください」
2人は上司と部下と言う職務上の関係だけではなく、実質的な師匠と弟子でもある。
昔、被験者の子供たちのシミュレーター訓練で、負け知らずで調子に乗っていたラディウを、たまたま居合わせたティーズがコテンパンにやっつけて、鼻をへし折った事があった。
それをきっかけにラディウは彼に指導を仰ぎ、その流れで情報部特務3課にも籍を置いた。そこで彼に、FAパイロットとしてのイロハを叩き込まれた。
今、彼女がこうして飛ばせてもらえるのは、彼の指導と教育のおかげだ。
「エルヴィラ・アスターナ大尉は優秀な
「……はい」
ティーズが言うのだから、自分にとって必要な事なのだろうと、素直に受け入れる。
「
「ありがとうございます」
顔を上げて真っ直ぐ窓の外を見つめる。もう間もなく軍用ポートのゲートを通過する。
自分で恐れを作り出しているだけという、メリナの言葉を思い出す。
ゲートが見えてきた。IDカードの用意をする。
心の中で「気持ちを切り替えろ! 仕事だ」と自分を鼓舞する。
最初の一歩を踏み出せば、あとは進むだけなのだから。
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