第6話 彼と彼女のジンジャーエール 1

 ラボの地下に設けられている工廠に、10機程度のFAが並んでいる。


 半分はメテルキシィ系だったが、その中にメテルキシィより一回りほど大きく、明るい灰色の塗装が施されたものが数機と、正規軍の濃紺のボディ色を纏った2機が並んでいた。


 1機はアーストルダム基地所属を表す識別番号を、もう1機は月基地防衛を担うツクヨミ基地飛行戦隊のエンブレムが描かれている。


 アーストルダム基地所属のFA、リウォード・エインセルと名付けられた機体のコクピットで、作業用のヘッドセットをつけたラディウが無表情で座っていた。


「どうしたの? Dr.ウィオラのところから戻ってきてから変よ? 何かあったの?」


 指示される作業をしている時に、メリナ・ウォーニル中尉が端末から顔を上げて尋ねた。


「何もないです。いつも通りです」


 作業に没頭するかのように、目線も合わせずに応える。


「嘘おっしゃい。あなたがそういう態度の時は何かあった時よ」


 ラディウは怪訝そうに顔をあげた。


「……どうしてわかるの?」

「何年一緒に仕事をしてると思うの? Dr.ウィオラに叱られたの?」


 ラディウはまたむっつりとした表情で、表示されているスクリーンに向かう。


 確かに叱られた。納得できていないが、それ以上に自分自身に腹を立てている。それがどうしても態度に出てしまう。


 メリナは周囲を見回して、人がいない事を確認してからラディウに尋ねた。


「何があったの? 1人で抱え込んでてはダメよ。話してごらんなさい」


 ラディウはため息をついて視線を泳がせる。少ししてから、


「……ドクターやティーズ大尉に報告しない?」


 と探るように尋ねた。


「運用に問題があるケースは報告するわよ。それが仕事だもの。そうでなければ言わない」


 ラディウはまた少し考えてから、躊躇いがちに話し始めた。


「……この間の仕事先で仲良くなった人に私、取り返しもつかないことしちゃった……さっきレーンにも酷いこと言っちゃった」


 ラディウは無意識に胸に手をやる。自分の行動が招いた事での後悔で、胸の奥がギュッと痛い。


「それで、こんなにしょげてたの?」

「だって、私があの作戦を提案しなければ……彼を巻き込む事はなかったもの」


 ラディウは握っていたスティックから手を離し、膝の上で両手を組んでうなだれた。


「……あなたはその人に責めて欲しいの?」


 ラディウは黙って首を横に振る。


「わからない。顔を合わせた時に、私のせいだって責められた方が気が楽だったかもしれない。でも彼は笑っていて、大丈夫だって」


 鼻の奥がツンとする。本当はその場で叫びたいほどに胸が苦しい。


 メリナは暫くじっと考えてから、ゆっくりと口を開いた。


「……その人が『大丈夫』って言ったなら、大丈夫なんじゃない?」

「どうして?」

「そもそも、あなたが話していることは、全てあなたの考えすぎから生まれた憶測でしょう?」

「……考えすぎ?」

「誰かがその事であなたを責めた? その人もあなたを責めてないのでしょう?」


 ラディウはコクンと頷く。


「今のあなたは、自分で勝手に怖がっているだけよ?」

「……でも、これから色々知って、彼は怒るかもしれない。私を嫌うかもしれない」


 ラディウは不安そうにメリナを見つめる。 


「あなたが怯えているのは自分で作った最悪のイメージでしかないわ。起きてもいないことに怯えているだけよ。自分で自分を追い詰めて、不安をつくっているの」

「じゃあ、どうしたらいいの?」


 そうねぇ……とメリナは手元のタブレットに視線を落とす。様々なデータがリアルタイムで表示されているそれを確認して、ラディウを見た。


「一番いいのは考えすぎないこと、ラディウは真面目で頭がいいから、余計なことまで考えすぎて不安になっちゃうのね」


 ラディウは黙ってうつむき、上目遣いでメリナを見上げた。


「そういうものなの?」

「そういうものよ。人の感情の全てに理屈をつける必要はないの」


 メリナはラディウがこの状態では、今日の作業はもう無理だと判断した。


「さぁ、今日はもうここまでにしましょう。続きはまた明日」

「いいの? 今日の作業予定のリスト、終わってないよ?」

「責任者が言うからいいの。あなたも少し、考えたいのでしょう?」

「……わかった。ありがとう」


 ラディウはヘッドセットを外して立ち上がった。







 工廠からそのまますぐに居住棟に戻る気持ちもなく、研究棟のフロアに割り当てられている自分のオフィススペースで、少しだけ作業をして気持ちを落ち着かせることにした。


 夕方になり、研究員にそろそろ帰るように言われてから、ようやく研究棟を出る。


 何も考えがまとまらないまま、「ただいま……」とBグループの居住フロアに戻って来たラディウを、ラウンジのソファで雑誌をめくっていたヴァロージャが「おかえり」と迎えた。

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