第5話 彼女の後悔

 静かにドアが閉まり、ウィオラが2人に座るよう促した。


「これは、一体どう言う事でしょう?」


 キッとウィオラを睨むラディウの手を、レーンが制するよう強く握るが、彼女はそれを振り解く。


「どうして……!」

「いいから、座りなさいラディウ!」


 詰め寄らんとしたラディウに、ウィオラが滅多に出さない鋭い声で制した。


 ラディウはビクリと身体を震わせ、大きく息を吐くと、レーンと一緒にソファに座った。


「ラボの機材が出てきた時点で、こうなる可能性はわかっていたのに……私は……!」


 ラディウはそう吐き出すと、頭を抱えて蹲る。


「そうしなければ、2人ともここには居ない」

「わかっています。でもまさか、彼をこんな形で巻き込むことになるなんて…」


 十分にわかっていた。かけられている制限を外さなければ、脱出は難しいと判断したのは自分自身であるということを。


 あの時は彼女はこれが考えられる最善の手立てだと思っていた。勿論リスクも考えた。


「そんなつもりはなかったのに……」


 巻き戻る事ができるのなら、あの選択をする前に戻りたいと、ラディウは強く思う。


 なんなら、撃墜される前でもいい。何回Command+Zを繰り返せば前に戻れるだろうか。


 ラディウは考えるだけで胸が苦しく、胃がキリキリと締め付けられる感じがした。


 動揺して感情的になるラディウを、ウィオラは静かに見つめている。隣で二人を見ているレーンは、ウィオラのその冷ややかな視線は、彼女の観察に徹しているように感じられた。


「ただリミッターを解除しただけでは、君もヴァロージャも『壊れる』だけだ。たまたまキャリアーに試験用の機材を積んでいたから許可を出した。こちらが何も手立てを考えないと思ったか?」


 そんな事、言われなくてもわかっていると言う風に、ラディウは目を逸らす。


「当然、機材を使う以上それについてのデータは取る。それが僕たちの仕事だ」

「それは……理解しています……でも……」

「ここはリープカインドを保護する役割もある」


 ラディウはギロリとウィオラを睨みあげる。


「保護って名目で集めて、機械と繋がるための道具を作る実験施設じゃないですか!」


 今にも泣きそうな顔でラディウが怒鳴る。


「ラディウ、それ以上はいけないよ」


レーンがたしなめるように言うが、ラディウにその声は届いていない。


「私は! 友達を! 彼を! ラボの研究に巻き込みたくはなかった!」


 絞り出すように叫ぶその声は、深い後悔の中に沈んでもがく、ラディウの悲鳴のようだとレーンは思った。


「私は自分が何なのか判ってる。でも彼はそうじゃない! じゃないですか!」


 感情的なラディウに対して、ウィオラは表情一つ変えることはない。


「よく聞きなさい。確かに、だ。あの件で彼を調べたら適性があった。それだけだ。特にパイロットができる者は貴重だ。どこも皆、喉から手が出るほど欲しい。いつだって取り合いだ」


 ラディウは太腿の上で組んだ両手を見つめ、組んだ親指の色が変わるほど握りしめる。


「2年前の事件を覚えているだろう? 他にもリープカインドに関係するいくつかの事件があった。彼の身の安全を守るためにはここに置くしかないんだ」


 以前から、拉致未遂のような事件も何度か起きていたが、決定的になったのは2年前、リープカインド研究行っていた別のグループが、練習艦ごと行方不明になる事件があった時だった。拉致、遭難など推測されているが、まだ全容は解明されていない。


 これら件もあって、元から厳しい警備がさらに厳しくなったのをラディウは覚えている。


「……それでもここは研究施設で、結局私たちはモルモットじゃないですか!」

「それは、君の考えであって、彼の考えではない。自分の不満に他人を使うな」

「!!」


 結局、それ以上何も言い返せなかった。自分でもわかっていた。ただ感情に任せた子供じみた文句を喚いただけだ。


 後悔と恥ずかしさがないまぜになるが、自分の怒りを正当化したい、渦巻く感情が止められない。


 だから最後に、言ってはいけないと思いながらも、言葉を止めることができなかった。


「こんなことなら、直撃された時に死んでいればよかった……」

「!!」


 ウィオラの目が吊り上がる。


「ラディウ!」


 ウィオラが一喝するより早く、レーンが怒鳴り、ラディウの肩を掴むと強引に自分の方へ向かせた。


「僕の前で軽々しく死ぬとか言うな!」


 今まで聞いたことのないレーンの声に、ラディウは驚いて彼を見つめた。


「僕が、僕たちがどんな思いで君の無事を祈って、帰還する方法を検討したか、そういうのを少しは考えろ!」


 いつも穏やかで冷静な、グループのお兄さんと言ったレーンの、見たことがない剣幕に、ラディウは完全に気圧された。


「ご、ごめんなさい……」

「頼むよ……できることなら、僕はもうこのグループの誰にも死んでほしくないんだ……」


 レーンは大きく息をついてラディウから離れると、ソファの背もたれに身を投げ、苦しそうに左手で顔を覆う。


 ウィオラは静かに、ラディウに語りかける。


「ラディウ、納得しろとは言わないが決定は覆らない。状況を受け入れる事を学びなさい」


 ラディウは萎れたように頭を垂れた。


「……はい……取り乱してごめんなさい」


 ちゃんと納得はしていない。胸の中でどうしようもなく複雑な思いと、後悔の念が渦巻くのを止めることはできなかった。


「話は以上。ラディウは仕事に戻りなさい」


 ラディウがノロノロと立ち上がり一礼して退出した。ドアが閉まってから、ウィオラはふぅと息をついた。


「すまなかったね、レーン。平気かい?」

「はい、大丈夫です。すみません大声を出して」

「いや、あれはラディウが悪い……」


 ウィオラは立ち上がると、棚からグラスを出してピッチャーの水を注ぎ、レーンに手渡した。


「ロバーツ少尉と仲良かったんですね。僕たち以外に、あそこまで他人に対して感情的になるラディウを初めて見ました」


 ラボの外で仕事をすると、新しい人間関係を作るのだろう。それをすることができる、ラディウやトーマスの環境を羨ましいと思いながら、ぬるいグラスの水を一口飲む。


「それで、僕は何をすれば?」

「他の子達とヴァロージャを繋いで欲しい。年上の新人は皆経験がないだろう?」

「僕もないですよ」


 そう言ってレーンは苦笑する。


「君と彼は同い年だよ。上手く付き合って欲しい」

「了解。ラディウは?」

「今は様子見。何か気になることがあれば報告して欲しい。僕らも注意するから」

「わかりました」

「レーンも仕事に戻って。もし具合が悪くなるようなら戻ってきなさい」


 レーンはグラスの水を飲み干してから立ち上がった。


「大丈夫です。もう落ち着きましたから。では失礼します」


 レーンは一礼して部屋を退出すると、入れ違いでティーズが現れた。


「アポ無しで申し訳ない。Dr.ウィオラ少し良いかな?」

「えぇ、どうぞ。飲み物を用意させます」


 ティーズに座るよう勧めてから、内線の受話器を取りスタッフにコーヒーを用意するように伝えた。

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