第4話 彼と彼女のDirective 2
ラディウがロージレイザァへの命令書を受けた翌日、ヴァロージャにとって、ウィオラから渡された命令書その他一式は、寝耳に水だった。
アーストルダムで情報部の事情聴取が終わったら、すぐにフォルルに戻れると思っていた。しかしラボの機材を使った事もあり、念のために精密検査をしたいとラボに呼び出され、留め置かれること2週間。ようやく原隊に戻れると思っていたところだった。
「転属……ですか!?」
渡された書類を一読し、ヴァロージャは驚きで胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「待ってください。私はまだ2年目です。早すぎやしないですか!?」
本来は命令に対して異議を挟むものではないが、艦隊での仕事が楽しくなってきた矢先だったので、口を挟まずにはいられなかった。
「正確にはラボ所属。話し合いが纏まれば正式に表向きの転属先が決まる」
「所属? 話し合い?」
ヴァロージャは怪訝そうに尋ねる。
「そう、優秀なリープカインドはどこも欲しがるんだ」
「待ってください。リープカインドって?」
「君だよ少尉。検査の結果、認定された」
ヴァロージャは目を丸くしてジェドを見る。
「自覚……ありませんが?」
戸惑いながらそう言う彼を見て、ウィオラは苦笑する。
「最初はみんなそんなもんさ。決まっているのは、僕の研究グループに加わるということ。主な仕事はウチで開発している機体や、システムのテストパイロット」
ウィオラが述べる内容にヴァロージャは、自分がテストパイロットが務まるほど経験を積んでないと、喉元まで出かかるのを飲み込む。
「それに先立って、受けてもらいたい訓練とかもある。説明は追々していくよ」
ウィオラの話を聞きながら、なにやらとんでもない事になってきたと、ヴァロージャは思い始めた。
「理解して欲しいのは、我々も含めてどこの陣営も即戦力になるリープカインドを欲している。少尉はその資質があると言う事。期待している」
「はぁ……」
どう答えて良いものかと目が泳ぎ、思わず軍人らしくない、酷く気の抜けた返事をしてしまった。
「ところで……ラディウにはまだ、会ってないよね?」
ウィオラは彼女が、ヴァロージャの事を強く意識しているのを把握している。だからこの二週間は極力、ラディウとヴァロージャの行動動線が重ならないように配慮していた。
しかし、同じグループになるのだから、当然いつまでも隠しておける事ではない。
ヴァロージャが「会ってない」と答えると、ウィオラは内線を取った。
「まぁ、面倒事は先に済まそう……あぁ、ウィオラです。そこにラディウとレーンはいる?……そう、僕のオフィスにすぐきて欲しいんだけどいいかな?……うん、よろしく」
そう言って通話を終える。
ヴァロージャはソファに座ったまま、組んだ両手の上に
真っ先に思い浮かんだのはラディウの顔だった。戻れたのは彼女がいたからと言う自分の認識に変わりはない。次にこれからへの不安。新しい事への挑戦は好きだが、これは想定外だ。
2年目に入った艦隊勤務はどうなるだろうか。少なくとも初任の3年間は義務だ。
所属しているツイビニーンの小隊の事、一緒に飛んでいる仲間のこと、目をかけてくれている戦隊長の事、今後のキャリア形成についても不安が募る。
「……一度、フォルルに戻ることは可能ですか? 官舎の退去手続きや私物の引き取りをしたいのですが」
ウィオラにダメ元で尋ねてみる。
「申し訳ないが許可はできない。手続きはこちらで行うから、その辺りは何も心配しなくていい」
その他、いくつか気になった事をウィオラに質問をしたが、どれもヴァロージャが満足できる答えは得られなかった。
そして最後に、彼にとって一番気がかりで重要な要件を切り出した。
「行動制限は理解しました。ですがその上で我儘を一つだけ聞いてもらえませんか?」
「何かな?」
「警察に家族の捜索願を出しに行く許可を、いただけないでしょうか」
本当はフォルルに帰ったら真っ先にやろうとヴァロージャは思っていたが、予想以上にアーストルダムで足止めされた後のこの事態だ。本格的に身動きが取れなくなる前に、これだけはなんとかしたかった。
ヴァロージャはラス・エステラルの祖父母の行方が知れないこと、実家の状況などをウィオラに説明して理解を求めた。
ウィオラもメモを取りながら、彼の話に熱心に耳を傾ける。
「なるほどね、そういう事情か……」
「どうか、一時的な外出許可だけでも」
ウィオラはメモを見ながら、手にしたボールペンを指の上で器用に回しながらしばらく考えると、やがて手を止めて顔をあげた。
「こうしよう。軍の法務部を通して君の代理人になる弁護士を手配する。弁護士を通じて捜索願を出そう。君が一人で警察に行くより確実だと思う。これでどうかな?」
「え? いいんですか?」
「これが一番確実だろう。そのための法務部でもある。弁護士との面会日程もこちらで調整するよ」
「あ……ありがとうございます!」
とりあえず、1番の気がかりがなんとかなったと、ヴァロージャは溜め息を殺して天井を見つめた。この先の事はわからない。
話を終えて5分近く経っただろうか、程なくしてドアがノックされ、ヴァロージャはゆっくりと音のした方へ顔を向けた。
明るいブロンドの髪の青年と、その後からラディウが入ってきた。2人とも訓練か作業中だったのは明らかだ。アンダースーツの上にフライトジャケットを羽織っている。
「お呼びですか? Dr.ウィオラ」と青年が声をかけたところで、ラディウは小さく「あっ」と声をあげた。
「……どう……して」
動揺するラディウをちらりと見た青年は、ラディウを庇うように半歩前に出る。
「紹介しよう、彼はレーン・エルマン中尉。これから君が所属するBグループをまとめている。レーン、彼はヴァロージャ・ロバーツ少尉、今日からウチのグループに加わってもらう」
自分に拒否権が無いのはもう十分理解している。状況に都度対応していかなければならない。
ヴァロージャはそう気持ちを落ち着かせると立ち上がり、レーンの方に向き直る。
「はじめまして。ヴァロージャ・ロバーツ少尉です」
さっとお互いが敬礼を交わした後、改めて「よろしく」と握手を交わす。それからラディウに声をかけた。
「久しぶり、ラディウ」
「ヴァロージャ……私、なんて事を……」
見開いたグリーンの瞳が揺れている。触れたら崩れるんじゃないかと思うほど、ラディウは動揺していた。
その手をそっとレーンが握る。
「ヴァロージャ、部屋に戻って荷物の整理をして待機を。後で居住棟に案内する」
「はい」
レーンはラディウの手を引いて、ヴァロージャが通れるように道を開ける。
「ヴァロージャ、私……」
「大丈夫。会えて嬉しいよ。また後で話そう」
そう笑顔を見せると、オフィスから出た。
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