第2章 彼女のResolution
狼はどんなに飼い馴らしても森ばかり見る ――ロシアの諺
第1話 彼女の居場所と彼の来訪
目覚めると酷い疲労感と倦怠感で起き上がる気力もなく、ラディウはぼんやりと白い天井をみつめていた。
いつもの事ながら、酷い夢を見ていたような気がするが、全く覚えていない。
それよりも時々こみあがる不快感と胸の動悸が苦しい。
シャワーを浴びたい。
水を飲みたい。
気怠い。
動きたくない。
ひとりジレンマを抱えながら横になっていると、検査室付きの看護師が入ってきた。
「まだぼんやりする?」
黙ってうなずく。
「もう暫くこのまま休んでいて、後でウィオラ先生がいらっしゃるから、落ち着いたらお部屋に帰りましょう。お水持ってくるわね」
彼女の背中を見送って、様々な機器が置かれた部屋を眺めてため息をついた。
ラス・エステラルから帰ってきて10日。
定期検査の時期ではないのに、先週からの検査に次ぐ検査は、リミッター解除後の影響を調べるためだと言われていた。
その合間に書類仕事や、割り振られている開発関係のシミュレーター試験をして、今週は1日から2日置きに、この部屋で眠っている間に「検査」されている。
悪夢を見て目覚めたくても、目覚められない状態を延々と繰り返す。
何をされていたかも含め、夢の中身など全く覚えていないが、ただ目覚めた後の強烈な疲労感と不快感から、心身共に最も負担が大きく、同じグループの仲間内では、最低最悪の定期検査項目として最も嫌がられている。
つい数ヶ月前の定期検査で受けたばかりのこれをスケジュールされたのを知った時、ラディウは「嫌だ、受けたくない、やりたくない」と散々駄々を捏ねて周囲を呆れさせたが、大人達に「飛び続ける為には必要な事」と言われ諭されば、嫌々ながらも彼らの指示に従うしかなかった。
彼女にとって飛ぶ事は最優先事項だ。
FAで宇宙を自在に飛びたいから、そのための厳しい訓練も、課せられる課題や実験も嫌な事も全部、飛ぶために必要ならと自分に言い聞かせてこなしてきた。
人工の陸に繋がれるより、狭いコクピットに収まって宇宙を飛ぶ方が断然自由で好きだ。
――その自由は絶対に手放したくない。
気怠くて目を瞑る。
こんなに眠っても、きっと夜はまた薬を渡されて、眠ったらすぐ朝だ。
幸いなのは翌日にはこの状態が、嘘みたいにスッキリとして回復していることだろうか。それがわかっているから、今は多少辛くても、我慢しようかという気にもなる。それに部屋に戻る頃には、もう少し動けるようになる。
帰ったらまずシャワーを浴びよう……そうしたら、この不快な気分も少しは晴れるかもしれない。
――そう言えば、ヴァロージャはもうフォルルに帰っただろうか。
ラディウは薄っすらと重たい瞼を持ち上げる。
「どうしてるだろう。もう一度ぐらい会いたかったな。ジェラート食べたかったし」
帰ってきてから何度も同じ事を考えている気がする。
明るい笑顔も、コクピットでの真剣な表情も
「彼、かっこよかったな」
思い出すと少し楽しい気分になるが、身体を動かすと忘れていた不快感が込み上がって、楽しい思い出を上書きしにくる。
目がまわる。気持ちが悪い。
それでも飛び続ける為に必要な事なら我慢できる。
ラディウはギュッと目を閉じた。
久しぶりだなと思いながら、スミスはラボの建物を見上げた。
中に入り、受付の守衛にIDを提示して、ジェド・ウィオラと約束をしていることを告げる。
ゲート先のロビーに案内されて待つこと10分。ジェドの秘書官が現れて彼を研究棟にあるオフィスへと案内した。
「お久しぶりです。Dr.シュミット」
きれいに整った室内で、細い銀縁眼鏡をかけた明るい栗毛の優しげな男性が、スミスを出迎えた。
「変わらないな、ジェド」
二人は握手を交わし、ウィオラは中央のソファーを勧め、案内をしてきた秘書官にコーヒーを頼むと、用意していた書類やタブレットをスミスの前に広げた。
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