第2話 彼女と彼の再会
スミスがタブレットを操作しながら時々書類を捲り、その微かな音が静かな室内を支配する。
やがて二人分のコーヒーを手にウィオラの秘書官が現れ、彼らの前に並べて退室した。閉まるドアが彼女の姿を隠したあと、スミスが呟いた。
「やはり起きたか、コンテイジョン現象」
コンテイジョン現象とは、一般の人間が一緒にいるリープカインドに感応して、一時的または永続的に同じような予知、共感覚、感応力を得る現象だ。
伝染するという意味で「コンテイジョン」と呼ばれている。
ただし全てのリープカインドがこの現象を起こし、一緒にいた人間を覚醒させるわけではない。リープカインド側の能力の高さや受け手側の素養にも影響を受ける。
この現象が起きるときは、リープカインド側も受け手側も入ってくる情報に溺れて意識を失ったり、精神のバランスを崩す事もあるため注意が必要とされていた。
特に強いリープカインドは予期せずコンテイジョン現象を起こすため、ある一定のスキル値に達した者は、原則としてリミッターをかけて制限をしている。
ジェド・ウィオラが率いるグループでは、レーン・エルマン、トム・ヘンウッド、そしてラディウの3人が対象だった。
「驚いたな、コンテイジョン現象でここまでの数値は、過去の実験で見たことがない」
「僕もここまでのは初めて見ました。貴重な実戦データです」
「あの子が言い出した時は、流石に危険だと思って反対したが、君が提供してくれた機材のおかげでなんとかできた。レーダーシステムとのリンクもたいしたもんだったよ」
ラボがラディウに期待し、手塩にかけて育てたのは、彼女の様子を見れば明らかだった。ラス・エステラルで彼女の存在を秘匿し、なんとしてでも回収しようと、人も機材も回すわけだと納得する。
「リミッターを外し、簡易的とはいえリンクシステムで繋がっているあの条件なら、起きない方がおかしいですよ」
ウィオラはコーヒーカップを手にする。
「またそれを、彼らを保護するように調整した先生のおかげです。おかげで2人とも無事ですから」
戦闘状況下で制限を外されたリープカインドが、そうでない者と複座で飛んだデータはない。
スミスからの報告でラディウが乗ると言い出した時、絶好のチャンスだとラボ側は判断した。
二人を守るために、ヴァロージャ側のヘッドセットにはブレーカー機能を設定し、万が一オーバーフローを起こした際には、強制的にリンクシステムを解除する仕組みを設定した。もちろん、ラディウ側にも過度に能力を使用させないように、強制的にリンクをシャットダウンし、すぐに再度制限をするようにした。
短い時間で出来る限りの保護対策を彼らは計画し実行した。二人の無事な生還はその結果だ。
「ヴァロージャ側に仕掛けたブレーカーが上手く機能したのを確認できて安心したよ」
「さすがとしか言えない匙加減だと、僕は思っています」
スミスはウィオラがコーヒーカップをテーブルに戻すのを見てから、一番不安に思っていることを尋ねた。
「……それで、ヴァロージャは?」
「確定です。初期値も高い即戦力型のパイロットです。ウチとしては専属で欲しいですね」
スミスも一口飲んでカップを戻す。
「そうか……」
再び手元の資料に目を落とす。
こうなる可能性があると判った上で彼を試したが、まさかここまでの数値を叩き出すとは思わなかった。
ヴァロージャとは彼が14歳かそこらの時に知り合ってからの付き合いだ。ラボの内実を知っている身としては、居た堪れないところがある。
資料を片手にじっと考え込むスミスに、ウィオラは声をかけた。
「ところで、そろそろこちらの現場に戻られては? ミヒャエル先輩」
スミスはハッと顔を上げると、穏やかに微笑む後輩の顔をみた。
「2人を無事に戻してくれた、先輩の技術や知識はやはりラボに必要です。すぐにでもロバーツ少尉の訓練がはじまります。これを機に以前からお話している、こちらへの復帰を考えていただけないですか?」
スミスはじっと机上の資料を見つめる。
2年前の事件を機に、ここでの仕事から身を引いたが、機密情報に触れすぎているために退役は許されず、アーストルダムメディカルセンターを経由して、情報部付きの医官が今の彼の立場だ。
当時、彼が所属していたグループの研究内容と比べれば、ウィオラが率いるBグループは随分と穏健な方だ。
「……そうだな、考えておくよ」
そう言って資料をウィオラに戻し、立ち上がる。
「今日はこれで失礼するよ。貴重なデータを見せてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。まだ暫くこちらに?」
二人で机上の書類を纏めながら、ウィオラが尋ねる。
「あぁ……学会もあるし、情報部にもたまには顔を見せないとね。また近いうちに顔をだすよ。その時には返事ができると思う」
「えぇ、是非」
ウィオラは彼をエントランスまで見送ろうと二人で部屋を出た。
エレベーターホールに着くと、ちょうど看護師に付き添われたラディウが歩いてきた。まだ少しぼんやりしているようだ。
「お久しぶり少尉。その様子だと検査明けかな?」
ラディウはウィオラの斜め後ろに立つスミスを見て、驚きの表情を見せた。
「Dr.スミス?……ラス・エステラルではありがとうございました」
ペコリと頭を下げる。
「また会えて嬉しいよ」
ラディウは少し弱々しい笑顔を見せたが、ラス・エステラルでは緊張していたのだろう、あそこでは見られなかった年相応らしさに、スミスは少し安堵する。
「あの……Dr.スミス、Dr.シュミット……ここではどちらでお呼びすればいいです?」
ラディウが小首を傾げた。
「ここではシュミットがいいな。スミスは世を忍ぶ仮の名前だから」
そう言って笑う
「了解しました……あの、質問よろしいですか?」
「なんだい?」
「……ラグナスの皆さん……あれから、大丈夫ですか?」
ラディウの瞳が不安気に揺れる。
「うん、大丈夫。みんないつも通りだ。変わりないよ」
ラディウは暫くスミスの瞳を探るようにじっと見つめると、微笑した。
「ありがとうございます。ずっと気になっていたので安心しました。あ……」
気丈に直立姿勢を保とうとするが、上体がぐらついて看護師に支えられる。
「ラディウ、ふらつくならまだ休んでいていいし、戻るなら車椅子を使ったら?」
「大丈夫です。だいぶ落ち着きましたし、自分の部屋の方が落ち着くので帰ります」
こういう時のラディウは頑固だ。ウィオラもそれが判っていたから、それ以上は言わなかった。
「そう、今日はもうゆっくり休みなさい」
「はい。そのつもりです」
やがてウィオラたちが呼んだ下りのエレベーターが到着し、ラディウは2人を見送ると、続いて到着した上りのエレベーターに乗って、彼女たちの居住棟への連絡通路があるフロアへと向かった。
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