第30話 彼と彼女のSay GoodBye

 ディビリニーンに収容されてから、ヴァロージャはラディウに会いたかったが、なかなか彼女を捕まえることができなかった。


 ようやく彼女を見かけたのは2日目の、夕食どきの混雑した士官食堂Mess hallだった。ラディウは疲れが浮かぶ顔でミートボールを突きながら、技術士官と話しをしている。


 かく言うヴァロージャも、簡易な報告書を書き終えた後に、仲良くなったディビリニーンのパイロットたちと雑談をしたり、ここのFA隊のシミュレーター訓練に参加して過ごしていた。


 結局お互いが落ち着いて顔を合わせる機会がないまま、翌朝には母港であるアーストルダムの軍用ポートに、ディビリニーンは予定通り帰投する。






 その最後の夜、ようやく自由な時間を作れたラディウは、格納庫の隅に係留されているドラゴンランサーの元を訪れた。


 艦を降りる前にお別れを告げたかったのだ。


 ラグナス1で見たときは、ロナウドの機体に負けないぐらいピカピカだったボディも、今やところどころ煤けたり、外装が剥がれ歪んでいる。


 ひと目見て「廃船」と判断できる酷い有様だった。


 プリフライトチェックのように外を一周りしてから上部に回ると、中途半端な位置でハッチが開いていた。


 2人を脱出させた後に、コクピットハッチのロック部分を切り離してこじ開けたようだ。恐らく搭載していたリンクシステム等のユニットを取り出したのだろう。


 そのコクピットを覗こうとしたら、立ち入らないよう黒と黄色のコーションテープが貼られている。天井に開けられた穴にも、同様にテープが貼られていた。


「……本当に、ありがとう」


 ポツリと呟いてデコボコの機体を撫でる。


「改めて見ると、びっくりするほど酷いな」


 不意にヴァロージャの声がして、ラディウは声がする方を見た。


 ゆっくりとヴァロージャが流れてきたので、手を貸してドラゴンランサーへと導く。


「いろんな人に『奇跡だ』って言われる意味がわかるような気がする。本当にありがとう、ヴァロージャ」

「俺の方こそ、君の力に助けられたのが大きいよ。あの状況を一人でくぐり抜けるのは無理だ。最高のチームだった」


 ラディウはニコリと笑い、ヴァロージャはドラゴンランサーの装甲をひと撫でして、そっと呟く。


「お前も最高の機体だったよ」


 優しい眼差しの中に、微かな寂しさが過ぎる。


 ふとヴァロージャの左手首を見ると、ティーズが貸し与えたデバイスは外されて、彼の腕時計が嵌められていた。オサダの言うように、自分の考え過ぎだったのだと、ラディウは少しだけ安堵する。


「食堂で姿を見ることはあったんだけど、声をかけるタイミングがなくて」

「色々と後始末の書類仕事とか……ね」


 ラディウが苦笑して肩を竦める。


「私も、艦を降りる前にヴァロージャと話をしたかったから、会えてよかった」


 中途半端になったエンジンとエイリアスのテスト報告書、シャトル襲撃事件、ラス・エステラルの件の報告書と、アーストルダムに帰還する前にやらなきゃならない書類仕事が山盛りだった。


 特に試験機関係の報告書は、1週間前の事を思い出しながら書くのは大変だったし、何度もフライトデータを再生して、自分の記憶違いを埋める作業に時間がかかった。それらがようやく片付いたのが今この時間だ。


 まだ、やり残した事がある。

 

 ラディウは隣で浮かぶヴァロージャを見た。


「お祖父様たちの事、どうするの?」

「そうだな……先ずはフォルルに帰ったら、警察で捜索願を出すよ」


 そう言ってヴァロージャは指で、トン……トン……とドラゴンランサーの装甲を叩く。


 祖父母のことは心配だ。それにしてもメールに関しては本当に後味が悪い。


 仕事に関わることは一切メールに書いてはいなかったが、ここ暫くやりとりしていた相手は何者だったのかが気になる。プライベートな内容も時には書いていた。それをどこの誰とも知れぬものに読まれていると思うと、腹立たしくなる。


 ヴァロージャはグッと拳を握る。


「あの人から抜いてきたIDとか、後で情報部で照会するって大尉が言ってた」

「そうか……」

「私を狙うならともかく、あなたがターゲットなのは怪しいもの」


 ヴァロージャは格納庫の天井を見あげる。


「これは、私の勘でしかないんだけど……」


 とラディウは前置きして、


「あなたを追っていた男たちと、あなたのご家族の失踪、何か関係があるような気がするの」


 スラスターにもたれ掛かって、ラディウは腕を組んだ。


「実は俺も同じことを考えていた。ただ素人の俺ではこれ以上自力で調べるのは無理だ」


 ヴァロージャの顔に無念そうな表情が浮かぶ。


「あの連中を調べる過程で、何か情報の断片が出てきたら、ラッキーかもな」


 ラディウは制服の襟に顔を埋めるように俯く。


「私、いちおう情報部にいるのに、役に立てなくて申し訳ないわ」

「いや、とても心強いよ」


 ヴァロージャはそう言って笑顔を見せる。


 暫しの沈黙が流れる。


 ラディウはドラゴンランサーの装甲を撫でながら「アーストルダムに着いたら、直ぐにフォルルに帰るの?」と尋ねた。


 ヴァロージャは静かに横に首を振る。


「ティーズ大尉に情報部で聞きたい事があるから、少し滞在してほしいって言われた。休暇は打ち切りになったけど、それが終わったらフォルルに帰るよ。君は?」

「明日の朝、入港したらオサダ軍曹とラボに戻るよ」


「そうか……」とヴァロージャが呟く。


「こっちにいるうちに、また……会えるかな?」


 ヴァロージャの問いかけに、ラディウの瞳が揺れた。会えるかどうかはわからないのが本音だった。でも、それを口にするのは憚られたが、言葉にして伝える事で、叶う未来があるかもしれない。


 だから、


「うん……また会えるといいね」


 と微笑んだ。


「もし会えたら、この間話したジェラートを食べに行こう」

「うん」


 しばらくの間、巡回の警備兵に消灯時間の注意を受けるまで、二人はドラゴンランサーの上でいろんな事を語り合った。






 翌朝、ヴァロージャがティーズと共にディビリニーンを降りるとき、ラディウはすでに下艦した後だった。


 最後に挨拶も、連絡先の交換も何もできなかったのが少しだけ心残りだったが、昨日の夜にドラゴンランサーの上で話をしたように、ひょっとしたらここにいる間に会える機会があるかもしれないと思っていた。


 上部格納庫が開放され、物資の搬出入が行われている。


 人や機械が慌ただしく動いている中を、ティーズに連れられて歩く。桟橋に迎えのクルマが来ていると言っていた。


 ふと視界の隅にドラゴンランサーが見えて思わず立ち止まった。


 気密デッキから上にあげられ、搬出のためのトレーラーが横付けされている。


 まだ軍に入る前、スミスがあの機体でラリーに出ていた時に、何度か彼の出るレースを手伝いに行ったことがある。そんな少年時代の思い出のある機体だ。これでお別れかと思うと少し寂しい。


 ついてこないヴァロージャに気づいたティーズが立ち止まって振り返った。


「何をしている? 行くぞ、少尉」


 ティーズに声をかけられ、ヴァロージャは「はい!」と返事をした後、もう一度ドラゴンランサーを見て、小さく「サヨナラ」と呟いて下艦した。



 --1章「彼と彼女のRelation」終わり









《あとがき》

 ヒューマンシステム1章を最後までお読みいただきありがとうございました。

 いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけましたでしょうか。


 微妙な距離感と謎を残すだけ残して、二人は別れてしまいましたが、彼と彼女のこのあとは、2章へと続いていきます。もしよろしければ、続けてお楽しみいただけましたら幸いです。


 また、応援やメッセージなどいただけますと、ものすごく喜びます。

 いただいたお声が励みになり、力になります。


 さて、1章と2章の間に作中では約2週間ほど時間が経つのですが、その間のちいさな日常エピソードを「追補編」という形で公開する予定です。


 今後とも、どうぞよろしくお願いします。

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