第29話 彼と彼女の帰艦
母艦のディビリニーンに帰りついてから、ドラゴンランサーのコクピットを出ることができるまで、さらに1時間近くかかった。
酷使された機体はフレームが歪み、コクピットハッチを破壊するしか、彼らを外に出す方法が無かったからだ。
全体的にダメージが大きく、モニターは完全に沈黙。薄暗い機内を照らすのは、いくつかの計器類のバックライトだけ。
帰還後にすぐ、ドラゴンランサーに外部電源が接続された。これによりパイロットスーツの生命維持機能が保持され、酸素の心配はもうない。それに無線で外部の音が聞こえるのも、外と繋がっている安心感を得る事ができて有り難かった。
無線越しに人の声や工作機械の音がするので、おそらく機体は気密整備エリアの下部デッキに移動したのだろうと彼らは予想した。
空気があるならヘルメットを脱ぎたかったが、コクピット内に細かい破片が浮遊しているため、バイザーすら安易に上げる事もできなかった。
『外装の除去が終わりました』
救助隊の声が聞こえる。
『これからセンターコンソールの真上に穴を開けます。レーザートーチを使うので気をつけてください』
「了解。よろしくお願いします」
「お願いします」
『バキュームリフターを取り付けろ!』
作業の声を聞きながら、シートの背もたれと一体化するように身体をおしつけて、天井を見上げる。
二人とも同じような体勢で、頭をコクピットの壁側に傾けているのに気づき、思わず顔を見合わせて笑った。
モニターの破片が機内をフワフワ浮いて、彼らの間を横切る。
少しして天井に赤い線が現れ、みるみる丸く線を描いた。隙間から外の光が少しずつ入ってくると、やがてパカっと穴が開き、開いた窓から防護面をつけた人影が現れた。
「動けますか? リプレー少尉から出てください。手を!」
「はい!」
ハーネスを外すクイックリリースを捻ると、カチッと固定ピンが外れる手応えの後、バックルから離れたベルトが巻き取られて、上半身が自由になる。それから、簡易リンクシステムのケーブル、足のレッグレストレイントの順に外して立ち上がると、救助員の手をとった。
力強い手に手首を取られ、そっと引き上げられる。下からヴァロージャが足を掴んで脱出をフォローしてくれた。
開けられた穴からラディウが脱出し、彼女の姿が視界から消える。
外からウワッという歓声が聞こえる。人が集まっているようだ。
次に救助員がヴァロージャに手を差し出した。
「次はロバーツ少尉です。脱出してください」
ヴァロージャも同じように身体を支えていたハーネス類やケーブルを外すと、一度コクピット内を見回してから、伸ばされた手を取って脱出した。
先ほどと同じように歓声と拍手の音が聞こえる。
頭を巡らすと、ラディウがティーズとオサダに交互に抱きしめられているのが見えた。
集まったメカニック達が彼らの帰還を讃える。
ラディウをオサダに任せたティーズが、人垣をかき分けてヴァロージャの前に立つと右手を差し出した。
「ありがとうロバーツ少尉。あれが戻れたのは君のおかげだ」
バイザーを上げ、差し出された手を握り返す。
「私こそリプレー少尉のお陰で生き延びることができました。感謝します」
ティーズが頷く。
その頃オサダから離れたラディウは、機体後部の物入れに回り、スミスから預かったケースを取り出そうとしていた。
こちらもボディの歪みを受けて簡単には開きそうもない。
一言二言メカニックと会話をすると、ティーズの方に流れてきた。
「ティーズ大尉。ドラゴンランサー後部の物入れに、Dr.スミスから預かったケースがあります。これからメカニックと回収作業を行います」
そう告げて方向転換しようとするラディウの手を、ティーズが掴んで引き戻した。
「それは私が立ち会う。まず君たちは着替えて、すぐメディカルチェックを受けて来い」
何故?という顔をするラディウにティーズは苦笑する。
「遭難していたんだ。当たり前だろう」
「了解……」
仕方なしという雰囲気でラディウが答える。
「ロバーツ少尉、君の着替えも用意してある。ロッカーに名札が貼ってある。アーストルダムに戻るまでそれを使え」
「了解。お心遣いに感謝します。行こう、ラディウ。案内してくれ」
「わかった。こっちよ」
2人は格納庫を横切って艦内へ消えていった。
その後、2人は医務室で異常無しと診断され、ヴァロージャは当番の下士官に案内されて男性区画の居室エリアに移動した。ラディウは割り当てられていた部屋に戻り少し休息をとった後、艦内ターミナルのクルー位置情報でティーズの居場所を探して、彼の私室を訪れた。
「大尉、お尋ねしたいことが……」
ドア横のインターフォンにそう話しかけるとハッチが開き、ティーズが書類仕事の手を止めて「どうした?」と尋ねた。
「あの……襲撃をうけたシャトルはあの後、どうなりましたか?」
最悪の結果を聞くかもしれないと、不安を抱きながら尋ねる。
あの時、ミサイルの直撃を受けた後の事は全くわからなかった。あのシャトルがどうなったのか、残った敵機がどうなったのか。
「負傷したクルーがいるが、生命に別状はない」
ラディウはほっと息をつく。
「よかった……結局あの敵は?」
「直後に撃墜。映像を確認した限り、コアの脱出はしていたようだが、乗員は不明だ。詳細な報告はまだないが、L5のユモミリーではないかと1課は言っている」
「1課?」
ラディウが訝しむ。
「シャトルに乗っていたのはうちの1課だよ」
ティーズの答えに、ラディウは目を丸くして驚いた。
「自力でアーストルダムに帰還する予定だったらしい。我々が居合わせたのは偶然だよ」
「そうですか……よかったです。安心しました」
ラディウはそう言って笑顔を見せ、ティーズはタブレットを手にラディウに向き合った。
ラディウは「おや?」という顔をした。概ね直感というものは当たるものだ。特に慣れた上司の場合は纏う空気感でわかる。ラディウは僅かに緊張する。
「それとだ……ミサイルの前に出るあの機動は褒められたものではない。もう少し自分を大切にしろ」
ラディウは顎を少し上げて姿勢を正し直立する。
「さすがにあれは肝を冷やした。君を失ったかと思ったぞ」
「はい! ご心配をおかけして申し訳ありません! 以後気をつけます!」
ティーズは苦笑する。
「話しは以上か?」
「はい」
「私の話も以上だ。報告書は明日以降でいい。今日はもういいから、ゆっくり休め」
ティーズが表情を和らげた。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
ラディウは一礼して退室した。
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