第9-02話 彼らのHappy Circle 2

 一同が1階事務所奥の部屋に集まった。


 シミュレーターと言っても、それはラディウが見慣れている実機を忠実に再現するためのユニットではなく、剥き出しのフレームの中に収めれた機体のコクピットが、操縦桿の操作に反応して回転するゲーム機のようなものだった。


 正面に設置されたコクピット用のモニター以外にも、皆で見られるように大きめのモニターが壁にかけられている。


「これが前回の地区戦のコースだ」


 サムソンがデータを呼び出した。


「ハロルドお手本みせて!」


 ユキがはしゃぐ。


 ハロルドはフレームを跨いでコクピットに座り、操縦桿にひっかけてあったヘッドセットをつけ、シート位置を調整して脚のレッグレストレイントから、身体を固定する6点ハーネスをつける。


 ラディウは斜め後ろからコクピットレイアウトを観察している。


 ハロルドが手順通りにコクピットのメイン電源を入れて、チェックリストをこなしていくのを眺めていると、後ろからヴァロージャがクイっと腕を引いた。


「危ないから、テープの後ろまで下がって」


 足元を見ると、黄色と黒のゼブラのテープが貼ってある。


 数歩下がったのち、フレームに固定されていたコクピットのロックが「カクン」と外れて、コアがユラリと動いた。


「軍の標準コクピット? あれ1世代前のファイヤーストームよね?」


 ラディウはそっとヴァロージャに尋ねる。


「あぁ、軍の放出品を流用するのさ。雰囲気出るのとコンパクトだからね。後でやってみる?」

「興味はあるけど、ホビー機ってBMI積んでいないのでしょう? 非BMIは未経験なの」

「あれ? カリキュラムでやらなかった?」


 ラディウは苦笑しながら首を横に振った。


「習うより慣れろさ」


 そう言ってヴァロージャが笑う。



 ロナウドは仮想コースをヒラヒラと舞うように飛び、設定されている加点ポイントを次々と決めてコンボを叩き出す。彼の操作に合わせて、コクピットがフレーム内を回転する。


 画面で見ている限りでは、ゲームのようで見ていて楽しかった。


 ロナウドのデモ飛行の後にサムソン、ヴァロージャ、ユキ、スミスと、順番にプレイしていく。


 ヴァロージャは「2年ぶりなんだ。手加減してくれよ」と笑いながら操縦する。


 ハロルドも上手かったが、ヴァロージャもなかなかの腕前だ。


 ラディウも簡単なレクチャーを受けて、操縦桿を握った。


 そろっと探るように操縦桿を押し込み、機体の反応を見ると、遊びも少なくクイックに反応する。


 ディスプレイに表示されるナビゲーション画面を見ながらコースを飛び、少しずつ速度を上げていく。急上昇や旋回、下降の角度調整が難しいが、上手くいくと楽しい。


 スコアは散々だったが、ラディウは久しぶりの操縦を楽しめて満足だった。


「たいしたもんだ……」とヤマダが呟く。


「初めてなのにすごいじゃん! どっかでやってたの?」


 事情を何も知らないユキが無邪気に尋ねる。


「操縦は学校の授業で少し……難しいけど面白いですね! これ」

「練習したらもっと上手くなるよ! なんなら卒業したらウチに来たら? ねぇ! パパ!」

「お!?……おぅ、そうだな……大歓迎だ」


 そう言って笑うヤマダを見て、ラディウは少し心苦しくなる。


 その日は遅くまでシミュレーターが動き続け、笑い声と歓声が絶えることはなかった。





 明け方、ズキンと不快な痛みでラディウは目覚めた。


 空が薄明るい。


 毛布の中でみじろぎしながら、起きる前から頭が痛いのは反則だと思い、もう一度目を閉じるが、寝てやり過ごせない痛みの予兆に、仕方なく身体を起こした。


 テーブルの上のピッチャーからグラスに水を注ぎ、ピルケースから薬を取り出して飲み込む。数十分程で効果が出てくるはずだ。


「残り1回分……」


 ピルケースの中身を見ながら呟く。


 昨夜は遅くまで皆で遊んで良い気分転換になったが、今日で遭難から3日目。


「ここの部隊には絶対に捕まりたくはないし、とはいえ、いつまでもここにいたら、ここの人たちに迷惑をかけることになる……」


 昨日、ショッピングセンターで所属部隊に連絡をいれた。電話やメッセージではなくATMを使ってだ。


 監視されている特定の口座から、予め決められた金額の現金を引き出すと、生存と大体の居場所を伝える事ができる。


 最初は、このまま連絡をせずにいれば、今の生活から抜け出せるかもしれないと思ったが、「戻らなくてはならない」という強迫観念のような思いが度々頭の中をよぎり、それを無視しようとすると、漠然とした不安感に襲われて、胸苦しくて仕方がなかった。


 それで嫌でも自分の置かれている立場を認め、微かに抱いていたささやかな希望は諦めざるを得ないと知った。


 それに、ここは予想以上に人の出入りが多く、知られすぎるのはリスクだと、冷静に分析する自分もいるが、どう行動したら良いのかわからない。


 ただわかっているのは、自分が1人で生きていくにはまだ経験の足りない子供で、出来ることが限られている事だった。


「もっと大人だったら、上手く立ち回れたかな」


 ポツリと呟き、頭を抑えてベッドに倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る