第10-01話 彼と彼女を探してる 1

 チーム・ラグナスは、来週からのレースウィークに向けて、最終準備に差し掛かっていた。


 テスト日や機体検査、予選を含めて3日。その間は会場のパドックエリアに停めた船で生活することになる。


 今回はロナウドだけの参戦だが、それでもメカニックを含めて10名程度の大所帯だ。


 トルエノ4やラグナス1の予備の部品、生活物資の用意もしなければならない。


 その辺りの手配と管理はユキが担当していた。





 その日、ラディウはユキと一緒に船に積む備品リストをチェックし、ヴァロージャは工場で機体の整備を手伝っていた。


「港湾管理局警備隊だが、社長いるかい?」


 よく通る声が工場に響き、皆が手を止めて声の主を見た。


 入り口に港湾警備隊の制服を着た数人の男たちが立っている。


 ラディウは心臓の鼓動が速くなったのを感じた。背中に嫌な汗が広がる。


 万が一を想定して脱出の算段を考えるが、今朝からの抜け切らない頭痛が思考の邪魔をする。内心「こんな時に……」と悪態をつくが、今は我慢するしかない。


 結局、下手に動いて目立つより、ユキと一緒に「なんだろう?」と顔をしているのが得策だと考えた。


 工場の隅で溶接作業をしていたヴァロージャも、同じ事を考えているようで、溶接面のシールドを上げてはいたが、静かに様子を伺っている。


「あぁ! ここだ。今そっちに行く」


 ヤマダはサムソンに工具を手渡すと、そっと「2人を頼む」と耳打ちし、ツナギで手を拭いながら局員達の方に行った。


「忙しい時にすまないね、社長」


 リーダー格の局員は、調査部のロビンソンと名乗った。


「3日前に、救難艇か何か拾わなかったか?」

「救難艇? あぁ拾ったよ」


 ヤマダは下手な誤魔化しをすることなく肯定した。


 当局がコクピットコアの救難信号を拾っていれば、信号が消えた位置と、その時に外にいた船のトランスポンダーを調べればわかる事だ。


「中に誰か乗っていたか?」

「いや、空っぽさ。中に人が居れば届けてるよ」


 ヤマダはそう言ってガハハと笑う。


「現物は見れるかな?」


「あぁいいよ」と答え、奥に向かって「廃船置き場に行ってくる」と大声で告げた。


 彼らの姿と声が聞こえなくなると、ロナウドがトルエノのコクピットから降りて、様子を見にそっと外に出ていった。


 サムソンは工具を置いているワゴンから、汚れたメモ用紙を引っ張り出して何やら書き付けると、ヴァロージャを手招きした。


「悪いが、あの子連れて買い物してきてくれ」


 ヴァロージャは渡された2枚のメモを一瞥すると、一枚はサムソンに戻し、もう一枚は畳んでポケットに入れる。そして、溶接面を外して手早く作業場を片付けると、急いで事務所に向かった。





 買い物というのは半分本当で半分嘘だ。


 サムソンの寄越したメモの内容も、近所の工具屋で売っているような物だったが、彼に返したメモには『連絡するまで帰ってくるな』と書かれていた。


 ヴァロージャとラディウは、大急ぎで私服に着替えて事務所に降りてくると、ちょうど周囲の様子を見てきたロナウドが戻ってきた。何も事情を知らないユキだけが、不安げな表情でオロオロしている。


「救難艇って何の事?」

「さぁ、何の事かしら?」


 ラディウは表情を変えずにとぼける。


「私が帰ってくる前に何があったの?」

「特に何も無かったと思うけど……」


 平静を装って答えるが、心苦しさが抜けない。


 ロナウドがバースへ降りる通路のドアを開けて二人を促した。


「本当に見にきただけかもしれないが、念のためバースから抜け出せ。昔と変わってないから。それと、ユキの事は任せろ。なんとかする」


 そうロナウドはそっと耳打ちし、ヴァロージャは黙って頷く。


「ありがとう。じゃあ、お使い行ってくる」

「何かあったらメッセージ送るから。頼むな」


 サムソンが二人の肩を叩いて送り出した。





 二人は早足に工場からラグナスのバースに降り、近くのメンテナンスハッチに忍び込んだ。


「よくこんなルート知っているわね」

「子供の頃にロナウドと探検していて見つけたんだ。雨の日に傘を忘れて濡れたくない時や、ショートカットしたい時に重宝した」


 いくつかの他所よそのバースと地下通路を経由して地上に出る。出た先のすぐ近くに地下鉄の駅が見えた。


「バースに人が居なかったから、君を探しに来たという感じではなかったな」

「そうね。それは少し安心した」


 周囲を確認してから、2人は地下鉄の駅に入っていく。


「あのユニットは多分、回収されるな。調べれば、仕組みを解ってる人間が外から開けたのがわかる」


 仕方がないとラディウは首を振った。


「ラグナスの人たちは、あの方法で開けられない。知らない人はそのままレバー引くでしょう?」

「そうだな……」


 2人は改札を抜けて駅のホームに降りた。


「もし勘付かれて、身分証の提示を求められたら、あなたが1番に疑われるじゃない。だから、一緒に抜け出すようにしてくれたサムソンさんの判断は正しい」


 フォォという音が遠くから聞こえて来る。それと共に空気がゆらりと動き、まもなくホームに車両が入線するアナウンスが入る。


「君だって身分証の提示求められたら困るだろう?」

「あなたほどではないわ。まぁ……出入境記録を調べられると困るけど」

「おいおい、なんだよそれ。別の身分を持っているって言うこと?」


 ヴァロージャはそう冗談めかして笑うが、的外れでもないため、ラディウは曖昧に笑っただけで、肯定も否定もしなかった。


 車両のドアとホームドアが開いて、2人は車内に入る。ドアが閉まると、フィンと駆動音が唸り、車両は静かに走り出した。

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