第26話 彼と彼女のRelation 2

 ラディウはシート脇のグリップを握り、頭をスクリーンをまっすぐ向けているが、彼女の目線はどこも見ておらず、意識はその向こう側を注視していた。


 自分が操縦をする必要がないため、リソースを全てリンクシステムに注いでいる。


 そして、ティーズ達が早くこの状況に気づいてくれる事を祈りながら、ラディウは機体を合流ポイントの経路上にとどまれるように気を配った。


 ヴァロージャは急減速、急加速に方向転換。機体のサイズ差や出力差を活かし、風に吹かれる落ち葉のように、水中を泳ぐ小魚のように、掴みどころがない曲芸飛行と、持てる技術を駆使して逃げ回っていた。


 ラディウにはそんな彼の機動に良いように翻弄される、敵機のパイロットたちの苛立ちが手に取るようにわかる。


 リンクシステムによって拡張された彼女の感覚が、相手の行動や攻撃、ほんの少し先を捉える。


 それをヴァロージャに伝えるのだが、どうしても言語化する際に発生するタイムラグが、まどろっこしいと感じていた。


 コッペリアシステムのリンク下で、やり取りの相手が彼女の支援AI<ディジニ>なら、この言語化作業は必要ない。


 <ディジニ>のように伝われば良いのに!と何度思ったことか。


 推進剤も無尽蔵じゃない。徐々に追い詰められていく。そんな余計な事を考えて、彼女の集中が切れかけた時、隣でヴァロージャが叫んだ。


「君が頼りなんだ。頼む! 集中してくれ!」


 ラディウはハッとして頭を振る。


 ――そうだ。私がやらなきゃ2人とも帰れない


 気を取り直して一度目を閉じて集中を高め、内なるエネルギーを押し広げて全力で解き放つ。


 一瞬ブワッと総毛だつ感覚に襲われ、今までに感じたことがない大きな広がりが、彼女を包み込んだ。


 いつもより、視える。感じる。情報量が多い。


 ――制限を解除されると、こんなに世界が違うの?


 ヴァロージャの息遣いも、機体の動きも、外の様子も敵の動きも、こちらに来る味方機も。コッペリアシステムと繋がっている時以上に、明確なイメージが目の前に広がる。


 枷を外されて、自分自身が自由に解き放たれるような晴れ晴れしさ。危険な状況なのに開放感に心が躍る。


 敵が連携して、包囲網を作りつつある。これに囚われたら非力なドラゴンランサーでは到底太刀打ちできない。


「ヴァロージャ、気をつけて!」


 そう声に出した瞬間、ヴァロージャはラディウが伝えようとした方向に、機体をクルリと捻らせて包囲網の外へ抜ける。


「わかってる! 包囲網だろ? ラディウ、続けて!」

「わかった。次は……」


 イメージが浮かび、それを言葉にする前にヴァロージャがピタリと動く。


 まるで伝わっているように。それこそ、まったく同じものを視ているように。


 コッペリアと繋がっている時の機械的な感じとは違う。こんな体験は初めてだった。


 やがてラディウは無理に言語化することを止め、取捨選択した必要なイメージだけを伝え続ける。


 お互いの連携がどんどんスムーズになる。決まりすぎて、気持ちが良い。心が快感に満たされて弾む。


 自然とラディウの口の端に笑みが浮かぶ。しかし、それも長くは続かなかった。


 ヴァロージャは敵機の穴を見つけて抜け出す事を繰り返すが、徐々に推進剤が心許無くなってきて歯噛みする。


「こちらの推進剤切れ待ちかよ…」


 当然機体のサイズは搭載する推進剤の量にも影響する。増槽していても所詮はホビー機だ。戦闘機とは違う。


 3機がドラゴンランサーを中心に、徐々に密集隊形を整え始めた時だった。


「大尉……きた! あと5秒」


 ふっとラディウが顔を上げて叫んだ。その声が弾んでいる。


「左に注意してブレイクだな! Now!」


 左下方に機体を滑り込ませたその瞬間、エネルギービーム砲の束が空間を貫いていく。すぐ2射目が到達し、回避した1機を中破させる。


 爆発に巻き込まれないよう急いで離れる。一呼吸置いて、濃紺の塊がすぐ脇を駆け抜けた。


「メテルキシィ!」


 ヴァロージャが回避行動を取りながら叫んだ。


 敵機が散開し、突如現れた闖入者に襲い掛かる。


 周囲が一気に空いた。


「ヴァロージャ! 留まっていては……!」

「あぁ!」


 FA同士の本格的な戦闘になると、高度な電子戦の応酬と、それを封じられた時の激しいドッグファイトになる。


 ドラゴンランサーのような小さな機体では、簡単にミサイルの餌食どころか、ビームガンの撃ち合いで蜂の巣になってしまう。


 無事に合流するまでは気が抜けない。


 ラディウは気合を入れ直す。ティーズ達のドッグファイトを認識しつつ、母艦の位置を探る。


 戦闘は数分で片がつく。とにかく距離を取らなくてはならない。


「機首方位ベクター 0-1-0ゼロ ワン ゼロ マークマイナー15ワンファイフに母艦」

「了解」


 半分死にかけのスクリーンを見つめてヴァロージャが応える。


「だめ。一機こっちに気づいた。くるよ!」


 ラディウはじっと虚空をみつめたまま警告する。彼女の中では敵機の様子が視えている。


「回避!」


 ヴァロージャが残り少ない推進剤を使って全力で回避行動を取る。


 機体横をエネルギー弾が掠めていく。


 全身の毛穴がピリピリする。


 急旋回をした敵機が再度こちらに向かってきた。


「回避! クッソ間に合わない!」


 その瞬間、上方からミサイルが飛んできて、目の前で敵機が爆散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る