第25話 彼と彼女のRelation 1
周囲を注意深く監視しながらパドックエリアのタクシーウェイを抜け、試乗コースに入る。
コース内でヴァロージャは、一通りの機体操作を行い、短い時間で機体の癖や特性の把握に努めた。
BMIも支援AIも使用しない、競技用ホビー機特有のトリッキーな動きと、それを制御し操作する腕前はかなりのものだ。
時々機体をとめて設定を微調整する。その作業の度に機体の動きが彼に馴染んでいく。短時間で的確に機体を調整する、彼の経験と知識量は相当なものだろうとラディウは思った。
「よし、だいたいわかった。行こうか」
「了解」
ラディウは通常レーダーのモードを切り替えて、特に問題のない事を確認すると、次に自身の感覚を広げて、好ましくない機体の存在を探る。今のところ感は無い。
「大丈夫。行こう」
ヴァロージャは事前に決めていた試乗コースの外縁部に機体を進めて止めると、ラディウは無線を切り替えてユキを呼び出し、配置についた事を知らせた。
「ラグナス1、こちらDRL1。これから戻ります」
『ラグナス1、了解』
最後の交信が終わった。2人は気持ちを切り替えるよう数回深呼吸をして、お互い顔を見合わせ、うなずき合った。
「離脱ミッションスタート。トランスポンダー切り替え」
ヴァロージャが宣言する。
「了解。トランスポンダー切り替え。3、2、1」
ラディウが呼応し、手際良く手順を進める。
ドラゴンランサーのトランスポンダーをOFFにし、同時に同じ信号を出すように改造を施した、ドローンに積んだトランスポンダーがONになる。
「トランスポンダー切り替え完了。ドローンのコントロール、オペレーターの管理下に入ったのを確認」
「DRL1航行灯をOFF。ドローン分離」
「了解、航行灯OFF、ドローン分離。3、2、1」
0と同時にドラゴンランサーの航行灯が消え、ドローンの航行灯が点灯する。そして機体の後部に固定されていたドローンが、ユキの遠隔操縦でゆっくりと機体から離れていく。
ラディウは場内管制を呼び出し、これより試乗コースを離脱して、ラグナス1に帰投する事を伝える。
『場内管制了解。退出経路を進み、出口のポイントに着いたら連絡をください。ガイドビーコンを発信します』
「
ドラゴンランサーから離れたドローンが、退出経路へのコースへ向かう前に、機体を左右に振って別れを告げてきた。
ヴァロージャとラディウがそれぞれ「サヨナラ」と小さく呟く。
さぁ、ここからが本番だ。
最初の関門、セクション1の管理宙域を抜ける10分間が始まった。
ヴァロージャはドラゴンランサーをコース外へ、続いて会場範囲外へと進めていく。
何回か強い推力を与えて巡航速度に乗せると、エンジンをアイドルにして慣性で流す。時折スラスターをふかしてコースを修正。
隠れるところがない宇宙では、目立たずに進む事が重要だった。特にこの機体にはステルス性能が無い。その気になればすぐに発見されてしまうため、ラディウは通常レーダーと増設したシステムを介して注意深く確認する。
あと数分でセクション1の宙域を離脱できる距離になった時、ラディウのセンサーに何かが引っかかった。
「ん……仕事熱心なのがいそう」
ラディウが呟いて、気になる機体にチェックを入れると、マルチスクリーンに後方の映像を最大望遠で映す。そこにはセクション1警備隊のパトロール艇が2隻映っていた。
「気づかれたかな?」
「多分……」
程なくして雑音と共に停船命令が聞こえてきた。
『こちらはセクション1港湾警備隊。貴船は許可なく宙域外に出ようとしている。直ちに停船しなさい! 繰り返す、こちらは――』
同じ停船命令が数回繰り返される。
これを無視すると、トラクションビームで強制的に機体を捉えに来るだろう。
「トラクションビームの射程に入らないように気をつけて」
「了解。速度を上げる」
「射撃くる。進路そのまま、左へブレイク」
スティックを倒して左によけた瞬間、威嚇射撃の実弾が掠めていく。機体にダメージを与えて足を止める作戦なのだろう。
「右からボギー2が挟み込んでくる。ブレイク、今。
回避行動を取れば、その分前へ進むエネルギーが奪われて距離が縮まる。
「了解!」
ブレイクと同時にブーストをかけて更に加速する。その分機体が暴れて操作難易度が上がるのを、ヴァロージャは上手く捻じ伏せて操縦する。
「ピッチをプラス
ラディウはまるで戦闘機に搭載されている支援AIのように、淡々と指示をつなげていく。
「突っ切る!!」
スロットルをMAXパワーに押し込む。
数秒後には境界を超え、警備隊の機体が大きく反転機動を取ったのを確認すると、2人は大きく息をついた。
ラディウはリンクシステムのパネルに手を伸ばし、自分の状況を確認する。特に問題はない。このまま使用を継続する。
「脱出成功。あとは大尉達と合流しないと」
ヴァロージャは燃料や推進剤の残量をチェックする。まだなんとかなりそうだ。
その間にラディウが自機とティーズ達との合流ポイントを確認していた。
「コース修正 ベクター
「3-2-0 at 20了解」
ヴァロージャが計器を見ながら機首方位を修正して、また慣性で機体を進める。
2人とも口をきく事なく、計器の監視と周囲の警戒に集中していた。
「予定ポイントまであと1分……あ!」
ラディウがそう告げて、慌てたように顔を上げた。
「
「何!?」
レーダー画面を切り替えようとしたら、急激にジャミングを受ける。
「くそ! 全部見えなくなった! 軍用機か!」
「全てのリンクシステムを起動する。方位指示を時方位に変更する」
ラディウが宣言してパネルを叩くと、ヴァロージャ側のレーダーディスプレイが息を吹き返す。
「了解。全部で何機いる?」
「3機」
「機種は?」
「不明」
「了解」
レーダー画面と正面のスクリーンで確認する。
チリっとした感覚がラディウを襲う。
「5時方向マーク
ラディウの指示通りに機体を捻ると、直ぐ横をエネルギー弾が掠めていく。
「あっぶねぇ……」
チクチクとした皮膚感覚が襲ってくる。
「
足止めをしたいのだろう。エネルギー弾の出力は弱そうだがこちらは小型艇だ。当たったら破壊されなくとも足を止めざるを得ない。当然武器もない。だから、何が何でも避ける。
「撃墜より捕獲したいみたい」
「なるほど、鬼ごっこってことか」
ヴァロージャはブルッと身を震わせる。
「絶対逃げ切ってやる」
ギラリとヴァロージャの闘志に火がついた。
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