第23話 サヨナラ、彼のHome Town 1
忙しい1日が始まった。
朝食の席でヤマダの訓示と再度の注意事項があり、チーム全体のスケジュール確認とブリーフィングを行う。
ロナウドのトルエノが2回目のテストに出るタイミングで、ドラゴンランサーも試乗のため船外に出る予定だ。
時間が来るまで、ヴァロージャとラディウはブリッジのメインモニターでロナウドの飛行を見た。
エネルギーを無駄にせず、綺麗な航跡を描くロナウドの飛行に、ヴァロージャは素直に感嘆し、初めて見るホビートライアルの競技飛行に、ラディウは目を輝かせて見入っている。
やがてロナウドが1回目のテスト飛行を終えて戻ってくると、彼はサムソンに飛行中に気になった点を伝えて、一旦パイロットスーツを脱いでから、ブリッジに上がってきた。そして、外から自分の飛行映像を見て、ヤマダやヴァロージャとディスカッションをする。
「どうだった? はじめてのホビートライアルの飛行」
話しを終えたロナウドが、離れたところで黙って聞いていたラディウの方を向いて尋ねる。
「あの機動をBMIを使わずに飛べるなんて凄いです。私にはとてもじゃないけどできそうもないです」
「ラドなら少し練習すれば、すぐに飛べるんじゃないのか?」
「おだてられると、調子にのっちゃいますよ?」
ラグナスへの隠し事が無くなり、すっかり気持ちが楽になったラディウは、屈託ない笑顔を見せる。
雑談を交わして昼食と休憩を済ませた後に、ヴァロージャ、ロナウド、少し遅れてラディウがスーツ室で身支度を始めた。
既にアンダースーツを着ているので、着ているツナギを脱いで、上からパイロットスーツを着込むだけだ。
ティーズはドラゴンランサーに積んだユニットと一緒に、ヴァロージャ用にと、軍のパイロットスーツを手配・用意してくれていた。
軍用のパイロットスーツは、一般用のスーツより動きやすく、手首の端末とリンクするようにできている。
ヴァロージャはヘッドセットをつけて、スーツ左腕とスーツ下の端末のリンクを確認し、昨日スミスに指示された操作をする。
「やっぱカッコいいな、軍用品!」
ロナウドはそう言ってヴァロージャの肩を叩く。そう言う彼の競技用のスーツは、スポンサー企業のロゴで埋め尽くされている。
「俺もそういうの着たかったし、憧れたよ」
いつか自分もと思っていた姿だ。幼馴染が眩しく感じる。
「おう! いつでも戻ってこいよ。まぁお前が戻った頃、俺は上のAクラスで飛んでるけどな!」
ロナウドはそう言って笑い、ヴァロージャを肘で小突く。すると、不意にヴァロージャが真剣な表情でロナウドを見つめた。
「ロン、大事なレース前なのに、すまない……」
「気にするな。それより元気でな……」
「あぁ……お前も、
ロナウドは何となくではあるが、もう2度とヴァロージャはこのコロニーに帰ってくる事はできないだろうと察していた。
それはヴァロージャも同じだった。
もうこのまま会えないかもしれない。
いろんな思いが去来するが、口にしたら最後、本当にもう会えないような気がして、気の利いた言葉の一つも思い浮かばなかった。
だからお互い肩に腕を回し、力強くハグをしパンパンと二回背中を叩きあうと、彼らは「またな」と言って身体を離した。
ロナウドが隣接するエアロックへ向かい、ラディウがヘルメットを腰のラッチにぶら下げた時、入れ替わるようにスミスが入ってきた。
「2人とも体調に変化ないね?」
彼らはそれぞれ問題ない事を告げるとスミスは頷いて、折りたたんだメモをラディウに渡した。
「はい。これ、例のコード」
「……ありがとうございます」
ラディウは中の数列を確認すると、左腕のポケットに挟み込んだ。
「私がしてやれるのはここまでだ。今度はアーストルダムで会おう。2人の無事を祈るよ」
そう言って、ラディウとヴァロージャの肩を叩くと、部屋の外へと流れて行った。
「はい。ドクター」
「ありがとうございます」
2人は感謝の気持ちを込めて敬礼した。
格納庫では先に出ていったロナウドが、愛機のチェックを行っていた。
ドラゴンランサーの前では、サムソンが二人を待っている。
「忙しい中ありがとう、サムソン」
「気にするな。会えて嬉しかったよ、ヴァロージャ」
そう言って、チェックリストをヴァロージャに渡す。
「元気でな」
「あぁ、サムソンも……」
チェックリストを受け取って、最後のハグをする。次にサムソンはラディウの方を向いた。
「ラドもヴァロージャのこと、頼むな」
「はい。こちらこそ短い間ですが、本当にお世話になりました」
そう言って握手をする。
「ハッチ閉鎖後に連絡を。デッキのエアを抜く」
「了解」
ラディウとヴァロージャは軍の標準マニュアルに準じた機体外観のプリフライトチェックを始めた。
スミスが乗換えるため、売却するまで暫く放置されていた機体だが、ヤマダやサムソンを含めて、チームのメカニックたちがピカピカに整備してくれていた。
さらに脱出で使うと決まってすぐ、ドラゴンランサーは推進剤を追加して、航続距離を伸ばすような改造まで施されていた。
「本当に……短時間でよくここまで」
大きなレース直前のイレギュラーな出来事にも関わらず、嫌な顔一つせずに作業をしてくれたかつての仲間達に、ヴァロージャは感謝してもしきれないと思っている。
「この機体、すごく手をかけてもらったのね」
お互いがそれぞれ反対方向からぐるりと一周して、ノーズ部分で出会った時にラディウが微笑みながらつぶやいた。
危険を顧みずに、見ず知らずの自分を助けてくれる人たち。限られた時間の中で出来る限りの準備をしてくれた人たち。
ただただ、感謝の気持ちでいっぱいだった。今まで飛んできて、こんな事を考えた事はなかった。この気持ちを忘れないようにしようとラディウは思う。
大きく深呼吸をすると、「頑張ろうね」と言って、機体のノーズを撫でてからコクピットに上がる。
スーツにリンクシステムや生命維持装置のケーブルを繋ぎ、HMSが正常に機能するのを確認。
ハーネス類を身に付けてから、コクピット内のプリフライトチェックを行い、コクピットハッチを閉鎖。
ホビーも戦闘機と同じ外部映像をスクリーンに投影するスタイルだが、見える範囲は軍用機と違って狭い。
「気密チェック完了」
ヴァロージャがそう告げると、ラディウは頷いて復唱し、ラグナス1の管制であるユキに報告する。
「了解。こちらドラゴンランサー、チェック完了」
少ししてロナウドのトルエノもチェック完了を告げる。
スクリーンには左隣に駐機するトルエノの、スマートな機体が映っている。
『こちらラグナス1。1分後にデッキのエアを抜きます。メカニック各員安全位置チェック』
メカニック達が一斉に壁面の安全バーに集合し、安全索を取付けて待機する。
暫くしてデッキ内のエアが抜かれ、次にゆっくりと後部ハッチが開かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます