第22話 彼と彼女のAbilities 2

 ヴァロージャは驚いてラディウとスミスを交互にみると、スミスはいつもどおりの穏やかな表情のまま、彼女の言葉を肯定した。


「そうだよ。この子は軍が養成している、人とマシンを繋ぐ者。リープカインドだ」


 ラディウの方はヴァロージャを一瞥すると、その視線を避けるように、無表情のまま真っ直ぐ正面を見つめている。


 自分から明かすような形になってしまったが、本心ではこの事に触れたくなかった。


 リープカインドは、共感能力や感応力、未来予測と言った超感覚系能力保有者を、ナノマシンやインプラント、薬物や心理操作などの手法等を使ってその能力を強化増幅し、専用の機械やサポートAIとの更なる連携を可能にした者のことで、一部では生体ユニットとも言われている。


 連合宇宙軍のラボでは、「コッペリアシステム 」と呼称する脳波EEG双方向型BMIの研究開発を行っている。彼らの持つ超感覚系能力を、支援AIと連携させ、FAの直感的操作と索敵、火器兵装を扱う統合システムだ。

 

 現在、FAという宇宙空間での戦闘に特化した戦闘機の戦いは、Hi-EJPの実用化もあり、高度な電子戦とドッグファイトを組み合わせた戦術が当たり前だ。


 その中で、リープカインドが誘導するミサイルは、ジャミングやHi-EJPの影響を受けないし、ステルス機を早期に感知することが可能だ。航宙戦闘機の戦術にアドバンテージを持たせる事ができる。


 しかし繊細で敏感な者が多いという特性の影響があり、軍人やFAのパイロットとして適応できる者の数が極端に少なく、希少な人材とされていた。


 ラディウ・リプレーという少女は、ただのテストパイロットではなく、このシステムを運用するための被験者の一人だった。


 リープカインドを擁する組織の研究施設によっては、幼少時のうちから選別・育成するところや、かなり強引な人為的な操作を行うところもあると噂されているが、基本的に機密事項が多くて表に出てこないため、ヴァロージャも「こういうタイプの人間がごく稀にいる」との認識レベルを出ない。


 そのラディウは戸惑うヴァロージャを無視して、さっさとハーネスとレッグレストレイントを外すと、コクピットを出ていく。


 そしてケーブルを纏めていたスミスと話しをすると、彼の持っていた端末やケーブル類を受け取って、後部のケースに一式を収納した。


「我儘を聞いてくださって、ありがとうございます、Dr.スミス」


 いいよと、スミスは手を振る。


「二人とも、体調に変化があったら早めに知らせて」

「了解です。ヴァロージャ行こう」

「あ、あぁ……」


 動揺を隠しきれないまま、ハーネス類を外してコクピットを出る。


 二人で一緒にスーツ室に戻ると、再度装備品チェックを行なった。


 ガチャガチャという物音と、船内空調の音しかしない室内の沈黙に、先に耐えられなくなったのはラディウだった。


「……何か言いたいことがあるなら、今のうちにはっきり言って欲しい」


 ラディウは明日の朝に着用するアンダースーツを手に持って、ロッカーのドアを閉めて身を翻し、ヴァロージャの背中を見つめた。


「ごめん。ちょっとびっくりして、悪い意味じゃないんだ」


 ラディウに背を向けたまま、ヴァロージャはミラー越しに彼女の少し不機嫌そうな顔を見た。


「そう……私から言いたいことは、リープカインドだからって、変に意識して欲しくない。そういう事されるの、好きじゃない」


 ミラー越しに見た彼女は、そう言ってフイと横を向く。ヴァロージャは振り向くと、両手をバタバタさせて慌てた。


「ごめん。わかった。これは俺が悪い。まだ驚いて混乱してるんだ」

「……珍しいものね」


 ラディウはそう言って寂しげに笑い、肩を竦める。


「私も悪いと思ってる。一緒に飛ぶのだから、本当はもっと早くにきちんと話すべきだった。でも……」


 もし彼が同じ情報部だったら、少なくとも同じ基地所属だったら、まだもう少し話せたこともあったかもしれない。もしそうであったとしても、自分が何者かを、彼にちゃんと伝えることができたかどうかは自信が無い。


 機密にかこつけて何も伝えなかったのは自分の方だ。


「わかってる。わかっているよ、普通に考えたら言えないだろう。今回は急造のチームだし、俺だって部隊機密は他部隊の人間に許可なく言えない」

「うん……」


 ラディウはロッカーの扉にもたれかかる。 


「でも……今夜、事前に知れて良かった」

「え?」


 訝しがるラディウを見て、ヴァロージャが笑った。


「さっきのアレをぶっつけ本番でやられたら、俺の理解がもっと追いつかないよ」


 それもそうか、とラディウは考えを改める。自分たちを解っている人間としか飛んでいないから、そこまでの考えが及んでいなかった。


「私ね……私の関わるプロジェクトに、あなたを巻き込んでしまうのではないかと、不安だったの」


 持っているアンダースーツをギュッと抱きしめる。


「だから自分のことも、リンク機能のことも言い出せなくて……その……ちょっと特殊だし」


 ヴァロージャは天井を仰ぎ見て少し考える。


 そのプロジェクトに関わる機材を、彼女の上官は出して来た。


 先ほどの確認作業で彼女の能力の一端を見た。


 当然何らかの口止めは発生するだろうが、彼の生来の楽天的な思考が、ラディウが心配するようなことも、そうそう起きないだろうと囁いた。


 根拠はないがこればかりは、ここであれこれと気にしても無意味だ。


 それよりも今はミッションの事だ。そちらに集中しなければならない。


「……気にかけてくれてありがとう。だけど今は、このミッションを完遂させることを最優先にしよう。その後のことは終わってからだ。何とかなる。心配するな!」


 ヴァロージャはそう言ってニカッと笑う。その笑顔は不安で緊張していたラディウの心を解き、安心感を与えてくれた。だから、ラディウも自然に笑みが浮かんだ。


「うん……わかった」

「俺たち、多分きっと良いチームが組める。頼むな」


 ヴァロージャはすっと右手を差し出した。ラディウは差し出されたヴァロージャの顔を見て「こちらこそ、よろしく」と、彼の大きな暖かい右手をしっかりと握った。

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