第8話 彼と彼女の調べ物
翌朝、ラディウは「朝食の支度、手伝ってくれ」とサムソンに起こされて、急いで身支度を整えてキッチンに向かった。
「一応確認だけど、料理できる?」
「すみません。ずっと寮暮らしでお料理はちょっと……」
ラディウはきまりが悪そうに苦笑する。
「よしわかった。コーヒーぐらいは淹れられるよな?」
「えぇ、それはまぁ……」
「じゃあコーヒーを。豆は冷蔵庫、コーヒーメーカーはそこ。たっぷり6人分作るか」
ラディウはサムソンが指差す先を確認して動き出す。
サムソンはストッカーから大きなシリアルの箱を出して食卓に置くと、冷蔵庫から卵とベーコンを取り出した。
「コーヒーをセットしました。次は?」
「サラダを作ろう。手を洗ったら、そこのレタスを食べやすいサイズにちぎってボウルに入れて」
「はい」
黙々とレタスをちぎり入れていると、ヴァロージャとヤマダが「おはよう」と言いながら入ってきた。
コンロではサムソンが目玉焼きを作っている。室内に淹れたてのコーヒーの良い香りが漂う。
「サムソン、手伝うよ」
ヴァロージャが声をかける。
「食器を用意してくれ」
「はいよ」
彼らのやりとりを聞きながら、ラディウはふと顔を上げて室内を観察する。
調理されるベーコンのジュウジュウと焼ける音と匂い。手分けして並べられる食器。こうしてキッチンから見るダイニングの光景はいつぶりぐらいだろう。こういう普通の生活からはすっかり離れてしまったと思い、ラディウは自嘲する。
「ラドはこの皿にレタスを取り分ける」
サムソンは手際良く指示を出しながら、焼き立てのベーコンエッグを皿にのせた。
「まぁ、偉そうに指示してるけど、俺も料理は目玉焼き止まりなんだけどな」
「こういうの久しぶりで、とても美味しそうです」
そう言って彼女は笑う。
シリアルと熱々のベーコンエッグ、レタスをちぎっただけのサラダにコーヒーの、簡素な食事がテーブルに並ぶ。
ラジオのニュースをBGMにしながら、机上をシリアルの箱と牛乳パックが往復する。
「そうだ、今日の午後にユキが帰ってくる」
ヤマダが思い出したように皆に告げた。
「お! 大学、夏休みか!」
サムソンは嬉しそうだ。
「え? ユキはもうそんな歳だったのか?」
ヴァロージャは懐かしそうに言う。
彼らの話題についていけないラディウは、怪訝そうな表情を浮かべた。
「ユキって言うのは俺の娘だ。ラドの2つ上だな。仲良くしてやってくれ」
ヤマダはニコニコと嬉しそうな表情でサラダを口に運ぶ。
ラディウは口の中のシリアルを飲み込むと、了解と言いそうになるのを堪えて「はい」と返事をする。
「ところでヴァロージャ、爺さん婆さんの件。どうするんだ?」
ヴァロージャは食事の手を止めた。
「今日はコクピットコアの移動作業が終わったら、図書館のデータベースをあたろうかと思ってる。考えたくは無いけど、事故に巻き込まれた可能性も否定できない」
「そうだな」
「なんでも良いから手がかりが欲しい」
朝の食卓が暗い雰囲気になる。皆が沈黙し、食器とカトラリーの触れ合う音と、ラジオからは軽快なBGMをバックに、道路情報が流れていた。
「よし、ヴァロージャの予定はわかった。まず今日は昨日の打ち合わせ通り、ヴァロージャとサムソンで、アレを廃船置場に置いといてくれ。俺は今日は商会で仕事してるから、何かあったら連絡をくれ」
そう言ってヤマダが立ち上がり、この話しは終わりになった。
それぞれがキッチンに食器を運ぶ。
「ラド、すまないがここの片付けを頼めるか?」
「わかりました、サムソンさん」
サムソンはヴァロージャに「先に行ってる」と声をかけて、リビングを出て行った。ラディウはヴァロージャに、自分も図書館に連れて行って欲しいと頼むと、彼は快く承知してくれた。
作業を終えたヴァロージャと共に街へ出たラディウは、昼食のために立ち寄ったショッピングモールで少額の現金を下ろすと、ヴァロージャに手伝ってもらいながら最低限必要な日用品と着替えを購入し、その後2人は夕方まで図書館に入り浸った。
ラディウはコロニーの地図や路線図などを調べて、データのコピーを取っていく。万が一に備えて地理を頭にいれておきたかった。
一方ヴァロージャは、ここ1年間の新聞のデータベースをチェックしていた。
途中からラディウも手伝ったが、この日は手がかりを掴めないままタイムリミットを迎え、二人はラグナスへと戻ってきた。
「せめて旅行先でもわかれば、もう少し絞り込めそうだけど」
「そうなんだよ。メールは何度かかやりとりしていて……」
二人で顔を見合わせる。
「……あ、メールか」
「メールのヘッダー情報からルートを辿れば、大体調べられるんじゃない?」
二人は車を降りて作業場を抜け、二階の住居へ向かう。
「部屋からタブレットを取ってく……」
リビングの前を通りかかった時、バタバタという足音の後にガッっとスライドドアが開いて、黒髪ショートヘアの娘が飛び出してきた。
「ヴァロージャ!? え? 来ていたの?」
「あ、ユキお帰り」
「あらやだ、どうしよう……帰って来てるなんて知らなかったから、ヴァロージャを訪ねてきた人、帰しちゃった」
「客? 俺に??」
このコロニーには、ヴァロージャの少年期の知り合いしかいないが、心当たりを考える。
「そうよ。あ、あら? えっと……新しい人?」
ユキはラディウに気付いて、人の良い笑顔を見せた。
「ラディと言います。ラドと呼んでください。夏休みの自主研究でお世話になってます」
「あら! そうなの! 私はユキよ。よろしくね! あなたもホビーをやるの?」
ユキは嬉しそうに話しかけながら、二人をリビングへ招き入れる。
「それで、俺の客って?」
「体格の良い男の人が2人。もしここに来たら連絡が欲しいって、名刺を置いて行ったわ」
ヴァロージャは手渡された名刺を見ると、名前とセルフォンの電話番号しか書いていない、やけにシンプルな名刺だった。
「デイブ・クランツ? 知らない名前だ」
ラディウとヴァロージャは顔を見合わせる。
「それでね、連絡したらお礼を払うって言うのよ。なんか失礼じゃない?」
ユキは「思い出したら腹が立ってきた!」と言ってキッチンへ戻る。その彼女の背中を見送り、ラディウが小声で訪ねた。
「……これ、相手に連絡するの?」
「いや、謝礼があるとか、背景がわからなさすぎて、不審を超えて不気味だ」
そもそもどうして自分が、ラグナスに居ると思って訪ねてくるのかが引っかかる。
「他のセクションから2年振りに帰ってきたんだ。普通に考えて今、ピンポイントに俺を探すってあり得ないだろう?」
「そうね……情報が少なすぎるし、なんか気持ち悪い」
そう話していると、外から賑やかな話し声と複数の足音が聞こえてきた。
ヤマダとロナウドとサムソン、それにもう一人、飄々とした感じの口髭を生やした、中年男性が一緒に入ってきた。
「おぉ! ヴァロージャじゃないか!!」
「お久しぶりです先生。お元気そうで!」
お互いハグをし合って再会を喜ぶ。
ユキが湯気を立てているシチュー鍋をダイニングテーブルに乗せた。
「ご飯にしましょう! ラド、お皿出すの手伝って」
「はい!」とラディウは返事をすると、キッチンへと向かっていく。
「あの子は?」
口髭の男、マイケル・スミスがヤマダに尋ねる。
「この夏に預かった高専の学生さ」
「へぇ〜 彼女、トライアルやるの?」
「あ? あぁ、そうだな、やるんじゃないかな」
「ふーん」
スミスはチラリとキッチンに目をやり、食器棚から取り皿を出しているラディウを見た。
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