第4話 彼女のアクシデント
彼女はミサイルを放つと同時に、そのミサイルの動きを思考でコントロールする。
ピッタリと追尾していくミサイルを振り切ろうと敵機がチャフを撒く、その脇腹を狙って、もう1つ発射した。
狙い通りに2発目が最初の敵機を爆散させる。
「残り……2機」
ラディウは自機をシャトルへと向かわせる。すると、シャトルに張り付いていた2機が
1対2なら追い払えると思ったのだろう。
性能的には今乗っているメテルキシィと同等だとラディウは感じていたが、2対1は分が悪い。敵機にボギー1、ボギー2とチェックを入れる。
何らかの理由で敵機がシャトルを破壊せずに捕獲しようとしているのは明らかだった。
――増援が来るまであと30秒。
ミサイルがオフボアサイト攻撃が可能なのは当然のことなので、幾らでも横から撃ち込んできそうなのに、その動きが全くなかった。
ということは、通常のECMや
この
なお、散布されても時間の経過で次第に影響は減衰し、最後は跡に残らないという特性を持つ。
――増援が来るまであと15秒。
2機に追いかけ回されながら防御機動を繰り返し、あわよくば攻撃の機会を探りながら、味方機の位置を確認する。
エネルギー弾を撃ち合い、時にはビーム砲を撃ち込み合いながら、少しでも有利な位置を取り合う。
『こちら”カリマ”。ポジションにつけ!』と、雑音まじりで上官のラベル・”カリマ"・ティーズの通信が入ってきた。
機体の位置がナビゲーション画面に映る。
「"エルアー"了解」
旋回し速度を上げてティーズ機の方へ向かい隊形を取る。
攻撃と援護の連携は基本中の基本だ。急旋回や射撃で相手のミスを誘う。
『左の1機を任せた』
「了解!」
ラディウは機首を上げて左から被せてきた1機<ボギー1>の上を取ると、すぐに機首を下げて牽制のビームを撃ち、相手のフォーメーションを崩す。
『"エルアー"! ボギー2の横を刺せ!』
「了解!」
ティーズの指示に、ラディウは
ティーズが追うボギー2の側面を目で追い、ミサイルを誘導。その撃破イメージをし続ける間、機体の操縦は<ディジニ>が担う。
ボギー2は高G旋回でフレアを撒き散らしながら、ラディウが放ったミサイルを回避したところを、ティーズ機のエネルギー弾でエンジン部を被弾し爆散した。
大きな破片に当たらないよう回避行動をとりながら、残ったボギー1を追いかける。
できれば上手く足を止めて、何者か確かめたいと思っていた。物盗りの宙賊にしては機体が豪華すぎて何かおかしい。
2機のメテルキシィに追いかけ回され、形成が不利と判断したボギー1は、隙をついてシャトルに向けミサイルを放った。
自分達で捕獲することが難しいなら、破壊をすると言うことだ。
丸腰の民間機を撃墜するなんて、許される事ではない。
この距離と
「いけない!」
思わず機体をシャトルの前に出す。
シャトルの熱量よりメテルキシィの方が熱量が高い。前に飛び出してミサイルの誘導をこちらに向ける。しかし、シャトルに近すぎてフレアを撒くのは危険だ。
全力で引き離すためにスロットルを全開にした。スピードが上がり出したところ、突如機体が妙な振動をしてマスターコーションが点灯。右エンジンの不具合を表示したと思ったら間髪入れずにマスターワーニングが点灯。
スピードが落ちたと思った時には、対応する間もなく後部に直撃を受けた。
「あぁ!!!」
体験した事がない強烈な衝撃で意識が飛びかけるが、彼女は反射的にコクピットコアを分離させる、緊急脱出レバーを引いていた。
その直後、機体の爆圧でコクピットコアが大きく飛ばされる。
めちゃくちゃなGがかかり、ラディウの気が遠くなりかけた時にドンッと大きなショックがかかって我に返った。
姿勢制御用の緊急ブースターが作動して減速し、コアの動きが落ち着いたようだが、メインのスクリーンが消えてしまっている。非常用電源が最小限の情報パネルを僅かに光らせていた。
「<ディジニ>、状況は?」
応答する声の代わりに、正面の情報モニターにメッセージが表示された。
<姿勢制御完了。生命維持装置起動。非常用電源正常>
「現在地は?」
<不明>
当たり前の事だ。外を知るためのカメラもレーダーも何もないのだから。そしてこれ単体では操縦機能もない。ただ救助されるまで慣性で漂流するだけだ。
コクピットコアは、機能に問題がなければ約72時間、生命維持に必要なシステムが稼働してパイロットを生存させる事ができる。
短時間で救助されるならまだしも、最長3日間も意識を保った状態で、この薄暗闇の中に死を意識しながら居続けるのは殆ど不可能だ。そのため人道的な機能が軍のパイロットスーツと搭載AIには設定されている。
<30秒後に生命保護プログラムを起動>
これは遭難したパイロットの生命と精神を守るために、薬剤を使って強制的に眠らせる仕組みだ。回収された際に覚醒を促す拮抗薬を投与されるまで、鎮静と睡眠状態を維持するために定期的に投与される。
最悪、緊急用バッテリーと酸素が尽きた時、パイロットは眠ったまま死を迎えることになる。
続いて次のメッセージが表示された。
<1分後にコッペリアプログラム 消去シークエンス開始>
機密情報を守るため、試験中の<コッペリアシステム>に関するデータを全て消去する。当然戦闘中の経験は何も残らない。
仕方が無いとはいえ、新しい経験が巻き戻るのは少し勿体ないなと思った時、また新しいメッセージが表示された。
<バイタルチェック。チェック完了。薬液注入>
「うっ……」
機械的な躊躇のなさで、首筋にプッシュと圧力がかかり、薬剤が注入される不快感で身を捩らせる。
もしこれで、発見されないまま時間が尽きてしまったら、このまま眠ったまま死を迎える事になる。そうしたら、もう嫌なことも、痛いことも、辛いことも全部なくなるなら……ひょっとすると、私達にとって死は福音かもしれない。
彼女の脳裏にそんな考えが浮かぶと、自然と口元に笑みが浮かんだ。
死ぬのは怖くないけど、心残りは残る仲間たちのこと。仕事の負担が増えるかもしれない。
「ごめんね、トム……レーン……先に……」
頭の中に黒い霧が広がり、ラディウは意識を失った。
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