第3話 彼女の仕事と民間シャトル
航宙戦闘機は大気の中を飛ぶ事を想定していないため、地上の航空機と違い翼のかわりに発展した巨大なバインダーやスラスター、高出力エンジンのパワーを駆使して戦闘機動を行う。機体サイズも地球上の戦闘機より一回り以上大きく、その外観は飛行機とは言い切れない異形の機体である。
コクピットはキャノピーではなく外殻に覆われ、外の様子は多数のカメラとCGで処理、内側のスクリーンモニターに映し出される。
複雑化する操縦や火器管制など様々な機構をカバーするために、AIを使用した支援システムの他、従来からのターゲットシステム(
FAメテルキシィは、コロニー連合宇宙軍が正式採用している航宙戦闘機で、基本フォーマットに様々なオプション兵装を組み合わせて運用されている機体だ。
ダークブラウンの髪の少女、ラディウ・”エルアー"・リプレーは、セクション2コロニー群と月、月周辺コロニー群「ムーンセクション」が組織した、コロニー連合宇宙軍のテストパイロットとして働いている。
普段は別の研究に携わっているが、今回は所属部署に依頼が来たエンジンテストのために出てきていた。
もちろん、所属部署はこれ幸いと、抜かりなく別の実験もねじ込んでいる。
キャリアーで移動する前は、ディビリニーンで普段使うメインの機体で別の実験をこなしていた。今日から数日間はこの汎用機でのテストだ。操縦プラットフォームに大きな違いはないが、頭を切り替えないといけない。
「昨日説明したように、メテルキシィのコクピットに、<コッペリア・ディジニ>の
関係者が集まるブリーフィングで、女性の技術士官が説明する。
「リプレー少尉はこちらの指示通りに飛行してください。テストパターンは都度指示します」
「了解」
ラディウは手元の資料を見ながら応える。
「今回設置したエイリアス型のコッペリアシステムは。機能制限がかかっています。ほぼ単方向BMIです。いつものフルシステムとは違うので、気をつけてください」
「はい。本体とのデータの同期はどのタイミングで?」
「今回は帰艦後に、直接データリンクで行います」
「了解」
他にメカニックからの連絡や意見、甲板長からの注意などがあり、テストの開始時間を告げられて解散した。
エンジンの試験だから、今日は長く飛ぶことになりそうだとラディウは思ったし、実際にその通りになった。
初日は
忍耐と集中が必要とされる単調な仕事だが、1人で黙々と飛ぶのは嫌いじゃない。皆で問題を洗い出し、関わった装備や機体が良くなるのを見るのは、楽しいとさえ思っている。
「エイリアス型のコッペリア、操作系が少しもたつくけど、これはAIの経験かな?」
『フルシステムみたいに全てをサポートするわけではないから、こんなものだよ。数字は悪くない』
キャリアーでモニタしている男性技術士官が返してきた。
「でも、これもう少し詰めれそう」
『ン、わかった。メモしとく』
了解と言いかけたところで、チリッとした感覚が左側を走った。
ラディウの思考にコッペリアシステムが反応してそのエリアを走査する。
《ベクター3-1-0マークマイナー30 救難信号確認》
「救難信号? 発信元は?」
少し待ってから情報用ディスプレイに機種が表示される。
民間のプライベートシャトルだ。
「民間航路から外れている……どうして」
「距離は……最大戦速で3分ちょい」
遭難信号は最優先で対応するもので、無視をすることはできない。
「キャリアー管制。こちら”エルアー”。聞こえる?」
『聞こえている。こちらでも信号を確認した。”カリム”機がスクランブルをかける』
「了解。テスト中断。こちらが近い。先行する」
『キャリアー了解。逐次状況知らせ』
「
機首を目標へ
「<ディジニ>、方位設定を時方位に変更」
《
スクリーンに辛うじてシャトルが映し出されたところで、ラディウは違和感を感じた。良く知っている青白い航跡が数本見える。
「FAの航跡? 宙賊か?」
<ディジニ>が警戒を促す。
《警戒 ジャミングを検知》
「了解。対電子戦用意。機種を調べて」
ラディウの問いかけに瞬時に回答がくる。このあたりはいつものシステムと遜色ない。
《照会完了 該当機無し》
「キャリアー、こちら"エルアー”。民間シャトルに
『こちらディビリニーン
管制が母艦の戦闘指揮に移っている。これは警戒が必要だと彼女は思った。
「"エルアー"了解」
速度を落として巡航速度で近づいていく。
「先に救難信号に気づいた? いや、手順なら……救助されたなら信号を切るよね」
敵の動きを探りつつ、全方位のチャンネルで呼びかける。
「そこの民間シャトル! こちらは連合宇宙軍SFSディビリニーン所属のFA機動部隊だ! 支援は必要か?」
呼びかけた途端に更にジャミングが酷くなる。もう一度同じことを呼びかけると、ヘルメットのスピーカーから雑音まじりの声が聞こえてきた。
『ガ……メー……デ……ザッ……デー……助けてくれ!』
<ディジニ>がチューニングしたのか、最後はハッキリ聞こえた。
シャトルはエンジンにダメージを受けたらしく2基の内一基は黒く煤けて沈黙し、もう片側のエンジンが弱々しい光を放っている。
所属不明のFAが2機、シャトルを牽引しようとし、1機がラディウ機に迫ってきた。
耳障りなロックオンアラームが鳴る。撃って来ないのはこちらの出方を待っている?
「こちら連合宇宙軍SFSディビリニーン所属のFA機動部隊。敵対行動を停止しろ! 繰り返す……」
ラディウは最初の1機を
「宙賊にしては良さげな機体だ。なんだ?」
威嚇射撃のエネルギー弾が飛んでくる。
それを避ける。
ジャミングのレベルが高い。迂闊に誘導型ミサイルを放つとシャトルを傷つけてしまう可能性があり撃てない。それは相手も同じようだ。
ティーズがくるまであと1分。ディビリニーンからの応援は5分以上かかるだろう。
「
今度の返事は明確だった。
『
ラディウはマスター・アーム・スイッチを入れた。
最初の1機が、シャトルに近づくラディウを追い払おうと執拗に狙って来る。教本通りなら、一旦離脱して後続と態勢を整えて再度接敵するのがセオリーだが、1対1なら問題無しと判断した。
「シャトルとの距離を取らせたいなら、私にとっても好都合!」
敵機と最適な射撃位置の取り合いをする。高レベルのジャミング下では通常の誘導型ミサイルは無効化されやすい。相手のジャミングを上回るか、それ以上のシステムを持っていないと使えない。
エネルギー弾やビーム砲を撃ち合いながらもつれ飛ぶ。
宇宙空間の戦いも、やっていることは地上の戦闘機と同じことだ。速度による荷重の限界は当然存在するし、パイロットが耐えられるGも変わりない。違いといえば、天地を意識することと、空気抵抗の有無、揚力に関することだろうか。
ラディウは敵機をHMSで追い、目標を確定させた。
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無線について
実際の航空管制のルールに基づいています。
呼びかけ応答の際、相手のコールサイン、自分のコールサインの順で呼びかけています。
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