第2話 彼の古巣と幼なじみ
ようやく到着した実家の庭先で、ヴァロージャは茫然と立ち尽くしていた。
青々とした芝生の庭に、「
「これは一体……」
理解が全く追いつかない。
持っていた鍵で中に入ろうと試みたが、残念ながら鍵は変えられているらしく、ドアを開けることができなかった。
裏側に周りバックドアやガレージと言った入れそうな所を見て回ったが、どこも堅く施錠され、かつての住人を頑なに拒否した。
とにかく事情を確認したい。
玄関先に荷物を置いて隣近所を訪ねると、幸いなことに話を聴く事ができた。
訪問すれば皆一様に彼の元気な姿に喜び歓迎してくれたが、彼が望む祖父母の詳しい情報は誰も持っていなかった。
聞いた話を総合すれば、随分前に旅行に出かけた後、帰宅することなくそれっきりだということだ。
売り出しの看板もいつの間にか立っていたらしい。
ヴァロージャは戸惑いながら隣家を辞した後、もう一度実家の窓から中を覗き見た。
見慣れたリビングルームの中は、ソファやテーブルなどの調度だけが残り、飾られていた写真も、カップボードの中にあった祖母お気に入りのティーセットも、何もなかった。
混乱と、どうしようもない喪失感と哀しさが混ざり合い、彼は訳がわからないと頭を振り、ため息をついてヨロヨロと建物から離れる。
とりあえず、これ以上はここに長くいても仕方がないと判断し、玄関でバッグを担ぎ直すと、もう一度だけ名残惜しそうに実家を見てから、重い足取りで敷地を出た。
今、このコロニーで彼が頼れる場所は一つしかない。
元々帰ったら顔を出したいと思っているところだ。まずはそこに行き相談をしよう。
荷物を担ぎ直し、肩を落として立ち去るヴァロージャを、向かいの家の奥さんがカーテン越しに見つめていた。
彼女はヴァロージャが立ち去るのを確認すると、名刺を片手に
ガンガンゴンゴンと唸る機械の音と、行き交う大型トラックのロードノイズ。慰め程度に植えられた街路樹と、オイルや金属の匂い、屑鉄の山。
お世辞にも綺麗とは言えない場所ではあるが、この工業地区はヴァロージャ・ロバーツの今のキャリアのきっかけを作った場所だ。
ここには子供の頃からお世話になった、ホビートライアルレースチームの親会社がある。
ホビートライアルとは、宇宙空間で行われる小型航宙機を使うタイムトライアルレースだ。
予め決められたコースを、レギュレーションに基づいてカスタマイズした機体を操り、コース内に指定された通過チェックポイントの数と、タイムを競うレースだ。1度のレースで2回同じコースを飛び、良い方のタイムを成績とする。
発祥はこのコロニー、ラス・エステラルが属しているセクション1コロニー群で、今のような形になる前は、自家用の小型船で腕を競いあっていたとされている。
現在では草レースのような入門下位カテゴリーから、セクション1コロニー群を転戦して開催される、トップカテゴリーの全コロニー選手権なども開催され、このコロニー群では人気のスペースシップスポーツになっていた。
入り口の「ラグナス商会」と書かれた、彼が最後に訪れた2年前と何ら変わらないプレートを見た時、ヴァロージャは少しだけ安堵した。
もう少し進むと社屋の手前に「チームラグナス」と書かれた手書きの看板と、矢印が立っている。その矢印に沿って進むと、二階建ての工場兼住居が見えてきた。
殺風景な景観を良くするために、二階のバルコニーには大振りの樹木の植木鉢がいくつか飾られ、建物の手前の駐機スペースには、5機のホビーマシンが並んでいた。
そのうちの何機かは顔なじみの愛機だが、2年の間に増えた知らない機体もある。
懐かしい思いを胸にガレージの中を覗くと、スポンサーステッカーで飾られ、4番のゼッケンを掲げた親友の機体が整備を受けていた。
人の気配に気がついたメカニックが、整備していたエンジンの影から顔を出し、彼の存在を認めると汗と油で汚れた顔が、驚きから笑顔に変わる
「ヴァロージャ!!」
久しぶりに会う、変わらない友人の笑顔を見て、ヴァロージャは今度こそ心の底から安堵した。
「よぅ、サムソン久しぶり」
ヴァロージャは笑顔で片手をあげる。
「帰ってきたのか! 奥に社長とロナウドもいるんだ」
手にしていたラチェットを工具ワゴンの上に置くと、サムソン・モレドは工場奥の事務所に走って行った。
「社長!! ロン!! ヴァロージャだ! ヴァロージャが帰ってきた!!」
ヴァロージャはサムソンの後を追って、事務所へと歩いていった。
ラグナス商会の社長兼チームオーナー兼監督の、タイチ・ヤマダは太い腕を大きく広げてヴァロージャを迎えた。
「おかえりヴァロージャ!! 元気だったか?」
「2年ぶりだよな!」
「向こうの仕事やめたのか?」
ロンことロナウド・リーがハグしながら言う。
――仕事を辞める? アレは俺の天職だぞ。
「そんなわけないだろ!」
ロナウドの肩を小突いて笑う。
「ところでヴァロージャ、その荷物はどうした? 家には寄らずにこっちに来たのか?」
床に置かれたヴァロージャの荷物を見てヤマダが訊ねると、ヴァロージャは困ったように頭を掻いて、祖父母が居らず、いつの間にか実家が売りに出されている事を話した。
「なんの連絡もなく?」
目を丸くしたロナウドの問いにヴァロージャは黙って頷く。
「休暇はいつまでなんだ?」
ヤマダは立っている3人をソファに座るよう促すと、自分は事務椅子にどかりと腰をおろした。
「2週間です。こっちで1週間過ごしてから、フォルルに戻ろうと思って……宿は明日探すんで、その……社長、今夜泊めてもらえませんか?」
申し訳なさそうに話すヴァロージャを、ヤマダが豪快に笑い飛ばした。
「馬鹿だなぁお前は……今夜と言わず、休暇中ここにいればいいだろう。昔使ってた合宿部屋が空いてるから、そこを使え」
「ありがとうございます!」
滞在中の宿はなんとかなったとヴァロージャは安堵し、それを見てヤマダは顎をひと撫でする。
「それにしても、良いタイミングで来てくれた。ちょうど来週末がレースで、明日ロナウドの機体のテストをしに
ヴァロージャの表情がパァッと明るくなった。
「もちろん! よろこんで!!」
「お! 連合軍の現役パイロット様のお手並拝見だな!」
ロナウドがヴァロージャに絡みつく。
「バカ言うな、むしろお前の、結構なお手前を拝見させてくれ!」
ヴァロージャが笑いながらロナウドの脇腹をくすぐった。
心を許せる仲間たちが、変わらずにここに居てくれたことに、ヴァロージャは心から感謝した。
翌朝、キャリアーの小さなブリーフィングルームに集まる作業服や白衣を纏った大人たちの中に、濃いブルーグリーンのパイロット用宇宙服を身につけた少女が一人、彼らの中に混ざって
やがて、キャリアーの艇長と彼女と同じ色のパイロットスーツを身につけた、長身の男性士官が室内に入って来た。人々の騒めきが潮をひいたように静かになる。
正面のスクリーンに彼らが立ち、全員が居住まいを正した。
「時間だ。ブリーフィングを始める」
艇長はそう宣言すると、担当の技術士官が説明を始めた。
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