ヒューマンシステム 〜生体兵器はヒトでありたい
みつなはるね
第1章 彼と彼女のRelation
人は、運命を避けようとしてとった道で、しばしば運命に出会う ――ラ・フォンテーヌ
第1話 彼の帰省と彼女のPreparation
ヴァロージャ・ロバーツは、2年ぶりに故郷のスペースコロニー「ラス・エステラル」の宇宙港に降り立った。
出迎えの人々や乗務を終えたシャトルのクルーたちが闊歩している間をぬって、地下鉄の駅へ降り、自宅近くの最寄駅へ。
そこからバスに乗れば、見慣れた懐かしい故郷の町の景色だ。
車窓から見える景色に、彼はあの店は変わってない、あの店が無くなったなど2年前の記憶と比較して楽しむ。
彼は
一度母港から出港したら、3か月から半年はずっと
彼が担ぐ荷物の中にはつい最近の寄港先で、祖父母にと買ったお土産を入れてきた。
祖母には名産のシルクのストールを、祖父には紅茶の茶葉を選んだ。彼らは喜んでくれるだろうか。
今回の休暇は2週間。久しぶりに祖母が作ったチェリーパイが食べたいし、祖父と近所の川に魚釣りに行くのも良い。それから――
あの場所へも行こう。久しぶりに仲間に会いたい。
ヴァロージャは懐かしさとはやる思いを胸に、自宅から最寄りのバス停に降り立った。
芝生の広い庭と緑の街路樹。閑静な住宅地は初夏の爽やかな風に乗って、どこからともなく花の香りがする。
彼は背負っていたバッグを担ぎ直して自宅への道を進む。風に乗ってユリの甘い香りが漂ってくる、穏やかで静かな住宅街の午後。
ヴァロージャのヘーゼル色の瞳が、目指す我が家のシンボルツリーを捉えた。
荷物の重みなんて苦にならない。あと少しで大好きな家族が待つ実家だと思うと、足取りも自然と早くなる。
両親を早くに亡くしたヴァロージャは祖父母に育てられた。2人は彼の唯一の肉親だ。
2人の顔が早く見たい。胸が高鳴り、頬もほころぶ。
しかし……
ようやく着いた自宅の庭の前で、ヴァロージャは自分の目を疑った。担いでいたカバンがドスンと足元に落ちた。
「えぇ!?」
芝生には「売り出し中」の看板が立っていた。
実家が消えた……!?
同日同時刻。宇宙空間を航宙母艦が2隻、青白い航跡を引いて航行している。
1隻当たり戦闘航宙機を18機ほど搭載するキャパシティを持っている、巡航艦クラスの
そのうちの1隻、巡航艦ディビリニーンから1隻の小型艇が切り離された。
小型と言っても、戦闘航宙機を4機運搬可能なサイズだ。短期の作戦行動や広域展開させるときなどに使用される小さな艦で、彼らはそれをキャリアーと呼んでいた。
キャリアー艦内の格納庫には、濃紺色の戦闘航宙機(通称FAと呼ばれる)が2機、床にガッチリと係留されている。
その格納庫内のFA"メテルキシィ"のコクピットでは、ダークブラウンの髪色をしたショートボブの少女が、マニュアルを表示したタブレットを片手に、ブツブツ呟きながら操作手順を確認していた。
「久しぶりのメテルキシィだからちょっと緊張するな。<ディジニ>もう一度最初からシミュレーションしよう」
《了解》
機体に搭載した支援AI<ディジニ>の、柔らかな声が応答する。
《コッペリアシステム リンクシークエンス スタート》
「ん……」
電流のようなものが脊椎と頭の中心から全身を走り回る感覚に、少女がちょっと顔をしかめる。
このシステムの「繋がる時の機圧」はいつまで経っても慣れない。
《リンク完了。バイタル正常。プリチェックリスト スタート》
インフォメーションモニターをチェック項目が物凄い勢いで流れていく。
《プリチェック オールグリーン》
「了解。コクピット プリフライトチェック」
実際に飛ばす前と同じように、スティックを大胆に回したりペダルを操作したりして、操作機器が正常に稼働するかどうかを確認する。
「チェック完了。シミュレーションモード、キャリアー発進
《
少女はやれやれと肩をすくめる。融通が利かないところもオリジナルそっくりだ。
「了解。
コクピットハッチが閉じて、スクリーンに宇宙そっくりのシミュレーション映像が写し出される。
《シミュレーションモード 開始》
画面の中で、少女は戦闘航宙機メテルキシィを発進させる。
――窮屈なあの施設の中にいるより、仕事でもこうして宇宙に出ている方がずっと楽しい。
彼女はそう思いながら、淡々とシミュレーター映像での自主的な飛行訓練を続けた。
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