第5話 彼と彼女のファーストコンタクト
ロナウドのマシン「トルエノ」のテスト飛行のため、ヤマダはコロニーから8時間ほど離れた宙域を貸し切っていた。
他機は入ってこれないようになっているため、ロナウドは様々な機動をしてトルエノのチェックを行う。
ロナウドはトップカテゴリーの1つ下「Bクラス」と呼ばれるクラスに参戦し、今季は絶好調でシリーズの優勝争いをしている。もしこのシーズンを勝ち越すと、来シーズンAクラスへの昇格の可能性があった。
到着してすぐ、彼は母船の”ラグナス2”を飛び立ち、テスト飛行を繰り返しては母船に戻り微調整をする。ヴァロージャもデータロガーの情報を分析しながら、セッティングのアドバイスをしていた。
何度目かの小休憩中、ブリッジにいたサムソンがレーダー画面に救難信号を発信して接近する物体を確認した。
「なんだ……救難信号?」
「このコースだとこっちに来るな」
ヤマダがラグナス2のカメラを操作して、宙域に入ってくる物体を確認する。
そこには薄汚れたオレンジ色の外装を持つ楕円形の物体が映っていた。
「何だ……これ?」
ロナウドが呟くが、ヴァロージャには心当たりがあった。
「これ、軍用機のコクピットコアだ」
「生きているのか?」
サムソンが少し薄気味悪そうに尋ねる。
「救難信号が出ているという事は漂流を開始して3日以内。パイロットが生きている可能性はある。社長、拾えます?」
「おう! 任せろ」
ヤマダは腕まくりをすると、ゆっくりとラグナス2の船首をコクピットコアの方へ向ける。
ヤマダの操船を見るとヴァロージャは「俺、ワーカーの準備してきます」とヘルメットを被りながらブリッジを後にした。
「ロナウド、トラクションビームの制御を頼む。サムソンはヴァロージャの管制を」
二人は口々に「了解!」応えると、コンソールパネルに取り付いた。
ヤマダの操船とロナウドの手技、普段から航行不能になった船の回収なども業務として行う彼らの連携は見事だった。
ロナウドによってラグナス2に引き寄せられたコクピットコアは、ワーカーと呼ばれるパワードスーツを身に纏ったヴァロージャによって格納庫に収容された。
格納庫内にエアを充填すると、ポッドの航行灯と救難信号が自動解除される。
ワーカーを降りたヴァロージャは、すぐに緊急用の外部レバー脇にあるパネルカバーを開け、スイッチを押してからレバーを操作してコクピットハッチを開いた。
中には細身のパイロットが力無く収まっている。
スーツの所属ワッペンとネームを見る。
「アーストルダム所属のパイロット……なんでこんなところに」
コクピット内の情報モニターの一つは生命維持モードを表示し、パイロットのバイタル情報を表示しているのでそれをチェックする。異常値は示されていないし、漂流していたのは10時間程度らしい。
先程、覚醒のための薬剤投与が行われた表示も出ている。
いくつかのキーを叩いて、設定されているモードを解除する。
「生きてるのか?」
ヤマダが心配そうに後ろから覗き込む。
「あぁ、拮抗薬が投与されたからまもなく目が覚める」
力無く宙に浮く腕と、頭部が微かに動いた。
ヴァロージャは通信パネルを操作して、ラディウ側の通信を船のチャンネルと合わせた。
「少尉、大丈夫か? 聴こえているか?」
小さな呻き声の後に、反射的に身体が動いた。
覚醒したラディウは、反射的に足首のホルスターから銃を抜こうとするが、ヴァロージャが全力で止める。
「慌てるな! 俺は味方だ」
ラディウの動きが止まった。
味方? でも目の前にいるのは民間用のスーツじゃないか。とラディウは思い、身体を緊張させる。
その緊張感は制止するヴァロージャにも伝わってきた。
「俺は、連合宇宙軍セクション2フォルル基地所属のヴァロージャ・ロバーツ少尉。そしてここは、民間船の中だ。君は救助された」
ヴァロージャは言い含めるようゆっくりと話す。
少しして、ラディウの全身から緊張感が抜けるのがわかったので、ヴァロージャはゆっくりと身体を引いた。
ヘルメットのHMS用シールドがあがり、切長のグリーンの瞳が露わになった。
明らかに自分より年下の少女に、ヴァロージャは内心驚いた。
「私は、アーストルダム基地所属、ラディウ・リプレー少尉。救助感謝します」
「ケガとかないんだな?」
ヴァロージャの背後からヤマダがヌッと顔を出す。
「ありがとうございます。問題ありません」
「そうか、俺はこの船の責任者、タイチ・ヤマダだ。あと数時間でウチのバースに着く。着いたら港湾警備隊に連絡してやるよ」
ヤマダの申し出に、ラディウが狼狽えた。
「あの……通報は止めてください」
全員が怪訝そうに少女を見る。救助されたのにどうして? と。
ラディウは「その……」と言い淀んでから
「……この船はどこに……?」
「セクション1のラス・エステラルだ」
ヤマダの答えに、ラディウの目が戸惑いで泳いだ。
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